2つのドリームで韓国へ #11 仁川のチャイナタウン

ソウル駅から地下鉄1号線(ほとんど地上に出ていたが)で1時間ほど。仁川駅に到着。
駅舎の前には「韓国鉄道誕生駅」と書かれた蒸気機関車の石像。
韓国初の鉄道はここ仁川からソウル方向に伸びる京仁(キョンイン)線。
つまり今しがた乗ってきた路線である。
1900年に全線営業が開始したそう。
そしてこの仁川駅、韓国で最初にできた鉄道駅だとか(現在の駅舎は1960年に完成したもの)。
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仁川駅はこの先にはもう線路がない盲腸駅。
北海道の室蘭駅や鹿児島の志布志駅を思い出す。
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1つ手前の東仁川駅の一帯が、現在の仁川の中心街。
ということで、多くの乗客がそこで降りてしまい、終点の仁川ではかなり少なくなっていた。
そういう点では、東室蘭駅と室蘭駅の関係に似ている気も。
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しかし室蘭駅との大きな違いは
駅前に中華街があることだ。
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なんともけばけばしい門をくぐり、緩やかな坂を上がっていくと・・・DSCF1748.JPG
中華街のメインストリートに達した。
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仁川が開港したのは李朝末期の1883年。
黄海をはさんだ清国から多くの中国人商人がやってきた。
こうして仁川の中華街は朝鮮半島でも随一の中華街を形成する。
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ところが朝鮮戦争をへて資本主義陣営の韓国と社会主義陣営の中国は国交が途絶。
東西冷戦下で中華街はみるみるうちに寂れる。
しかし、冷戦終結後の1992年に韓国と中国が国交を回復すると
仁川中華街の観光地化が緩やかにスタートした。

浪人は2003年に『フェリーズ』の企画「フェリーで韓国周遊」
2004年にこれまた『フェリーズ』の企画「フェリーで日韓中3国周遊」
そして2005年に「ふじ丸」のクルーズで仁川にやってきた。
いずれもこの中華街に足を運んでいるが、当時はまだまだ観光課に緒が付いたばかりで
こんなに賑やかではなかった。
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正午を過ぎていたので、昼ごはんにしよう。
孤独のグルメ・仁川編は秦の兵馬俑が門番を務めるこのお店で。
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「萬多福」の店内に入ったところ
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小あがりに通された。
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これが当店名物の「百年チャジャンミョン」。
チャジャンミョンは韓国式ジャージャー麺(炸醬麵)のこと。
白いチャジャンミョンは珍しい。
ガイドブックによると韓国3大チャジャンミョンのひとつとか。
これで8000ウォン。もちろんキムチやらたくあんなどのおまけもいっぱい付く。
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こうやって食べる。仁川でチャジャンミョンを食するのはこれが4回目だが、
この白いチャジャンミョンは確かにうまい!
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食後、北京の故宮にあるような九龍壁のある階段を上がる。
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中国を意識した階段だが、
どう見てもトーテムポールっぽいものも。
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坂を上がりきったところに善隣門。
門の向こう側には仁川港が望める。
仁川港からは、北朝鮮との国境の街・丹東、大連、青島など
中国各地へのフェリーが発着する。
仁川は今も中国からの海の玄関口だ。
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善隣門を正面から見た画像。
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門の左右には「楚漢志壁画通り」がのびる。
楚漢志とは「項羽と劉邦」の物語。
浪人はずいぶん昔に司馬遼太郎の同名小説を読んだ。
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こちらはイケメン項羽
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項羽の愛人、虞美人
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そして漢の高祖となる劉邦
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高校時代に、漢文の授業で「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」と習ったが、
その発言主が秦帝国の末期に農民の身分ながら反乱軍の首領となった陳勝である。
陳勝・呉広の乱は瞬く間に秦帝国を滅亡の淵に追いやった。
それにしてもこの壁画、古代中国のものなのに、BGMにはラ・マルセイエーズが流れてきそうだw
どうみても19世紀フランスの画家ドラクロワの作品のパク、いや、オマージュだろ(爆)
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項羽と劉邦の名場面集をどうぞ。
こちらは「韓信の股くぐり」
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そしてハイライトである「四面楚歌」
虞や虞や、なんじをいかにせむ
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「項羽と劉邦」壁画の対面には、突如、安重根が登場する。
1909年に伊藤博文をハルビン駅で暗殺した人物である。
どうやら伊藤暗殺後に逮捕され、日本の官憲に取り囲まれて尋問されている場面の模様。
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安重根の隣には1904年の仁川港と1911年の仁川駅の絵が。
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項羽と劉邦の壁画が終わったと思ったら、今度は桃園結義。
そう、三国志ワールドに突入だ!
こちらでは関羽と記念撮影ができる。
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ここは三国志壁画通り。
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三国志名場面をいくつか激写した。
三顧の礼。劉備は諸葛孔明の庵を3度訪ねる。
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孔明は天下三分の計を示す
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赤壁の戦い
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白帝城で劉備亡くなる
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孔明は出師の表をしたため、魏に戦いを挑む
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泣いて馬謖を斬る
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星落秋風五丈原(「ほしおつしゅうふうごじょうげん」)。
孔明は死に、蜀軍は撤退。
このあと、「死せる孔明、生ける仲達(魏の司馬懿)を走らす」につながる。
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う~ん、久しぶりに三国志を読みたくなったぞ。
すると目の前に中華街モードのセブンイレブンが現れる。
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いつのまにか中華街のメインストリートに戻っていたのだ。
ハングル文字は「ファドクマンドウ」と書いてある。
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青島ビールの可愛くないパンダ。
この画像だけを送り付けて「いま中国にいるぜ」と言ったら、
かなりの人が信じるだろう。
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京劇。
英語ではペキンオペラ。
いま話題のペキンビキニではない。
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チャジャンミョンの老舗といえば共和春(こんふぁちゅん)。
現在はメインストリートにデカい店を構えているが、
かつてはこのように小ぢんまりとしたお店だった。
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今はかなり儲かって、真向いには「チャジャンミョン博物館」を設立している。なお、月曜日はお休み。
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チャイナタウンといえば関羽、そして孔子!
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孔子も仁川港の向こうにある故郷の中国を眺めておられる
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仁川の中華街はかつての清国の租界とその範囲が重なる。
その東端に、旧日本人街の原点となった日本の租界との境界を示す階段がある。
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この階段の上に孔子の石像があり、そこから見て右脇に中国式、
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左脇に日本式の石灯篭が並んでいる。
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日清の租界の境界となっている階段を下り切ると
中華街の入口を示す妙なオブジェ。
右はチャジャンミョンで、左がマンドウかな。
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それではいよいよ旧日本人街エリアに入ってみよう。

<つづく>
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