にっぽんの、よあけクルーズ⑥ やまと、発進!

最上階に戻り、デッキへ。
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船はこれから神戸に行く。
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出港は18時40分。
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デッキからは泉大津行きの阪九フェリーターミナルが見える。
すでに僚船は九州をあとにしていた。
その背後には、けさ、浪人が「フェリーりつりん」から降り立った
オーシャン東九フェリーのターミナルがある。
いつもなら船が出港を待っているのだが、きょうはいない。
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それもそのはず、
今朝まで浪人が東京から乗ってきた
フェリーりつりんは、
ふたたび東京に向けて出港していた。
ふだんは19時30分出港だが
日曜だけは18時なのだ。
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後を追うように18時40分、
やまと九州脱出!
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名門大洋フェリーのフェリーおおさかⅡ。
大阪南港に向けての出港を待っている。
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周防灘から昇る朝日を見ながら入港した九州。
いままさに山の向こうに沈む太陽を見ながらこの地を去る。
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やまとは東へ。
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サンセットを見終え、船内に戻る。
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何はともあれ、腹が、減った。
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それではディナータイム!
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冷製カルボナーラ、この時点ですでに売り切れ。
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7月末に乗った太平洋フェリーでは、先に席を確保してから料理をとる、だった。
ただし、太平洋フェリーはバイキング形式。
そもそもレジで精算しないと席にはたどり着けなかった。
阪九フェリーはカフェテリア方式で、やはり清算しないと席にはつけない。
つまり対応は同じ。
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もちろんレストランでの
ソーシャルディスタンスはいまや各船社共通。
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カフェテリア方式は
何を選ぶかで頭を悩ませる。
食べ物の種類が多いのと、
あまり選びすぎると
財布が悲鳴を上げる。
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なかでも阪九フェリーのレストランは実に悩ましい。
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どれにしようかな。
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今夜のセレクションはこうなった。
生ビール大ジョッキ(トルネードビール)750円
ホルモン鉄板焼き850円
油淋鶏560円
杏仁豆腐310円
トータル2,470円。
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浪人にとって阪九フェリーでは、オーダーメードゆえに
焼きたて熱々の鉄板焼きは文字通り鉄板メニューなのだ。
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いつもは19時を過ぎるとかなり混み合っている印象の
阪九フェリーのレストラン。
しかしこの日は、窓際を除いてシート選び放題。
これもコロナ禍の影響だろうか。
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食後、同じデッキ6で
船長服着て記念撮影の背景を発見。
ただしコロナ禍の影響で、船長服は片付けられている。
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19時50分現在、やまとは周防灘の真っただ中。
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ディナー後のショッピングへ。
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売店では、ふねこグッズが氾濫していた。
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「見本」とある
トートバッグとTシャツ(ブルー)を購入した。
トートバッグは790円
Tシャツは1220円。
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商品袋は別料金不要だった。
その袋も「ふねこ」。
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ショッピングを終え、夜の海を楽しもう。
無駄だとはわかっているが、デッキ6船首の展望ルームへ。
そしてやっぱりコロナ禍の影響で、密を避けるため閉鎖中。
やまとのデビューは6月30日。つまりコロナ禍真っただ中。
デビューからこのかた、展望ルームはずっと「開かずの間」である。
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仕方ないので、シースルーエレベーターで最上階に。
デッキに出て、潮風に吹かれながらしばし姫島(大分県)の夜景を眺めていた。
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その後は、展望大浴場で汗を流す。
露天風呂では夜風が気持ちよかった。
その後は、キャンプ地で歯を磨き
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室内の温度調節もOK。
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眠る前に再びデッキへ。
満月が美しい夜だ。
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デッキに出ていたのは浪人と、一人の女性だけ。
松山沖の釣島水道の幻想的な夜景と満月のコラボを楽しんでから、眠る。
けさは日の出前には目覚めていたので、
今夜は来島海峡大橋までは起きていられそうにもない。
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<続く>

にっぽんの、よあけクルーズ⑤ 阪九フェリー「やまと」初乗船

門司駅前にあるこちらのバス停。
新門司フェリーターミナル行きの
無料送迎バスが出る。
小倉駅からやってきたバスは、門司駅前からの乗客を乗せて
ほぼ満席となった。
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それからしばらくして・・・・
ここを今夜のキャンプ地とする!
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デラックスシングル、という個室。窓無し。
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洗面所付き。
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デスク&イス付き。
さらにいろいろアイテム付き。
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ウィズコロナ時代なので、キャビンに新たなアイテムが加わった。
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ウィズコロナ時代以前から、足元の清潔さには気を使っていた船社である。
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これでひと安心。
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これらは阪九フェリーオリジナルアメニティだな。
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それでは出港前の船内探検に出かける。
なお、浪人のキャンプ地はデッキ7という最上階にある。
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阪九フェリーといえば、最上階のプチ・阪九フェリーミュージアムであろう。
日本史上初の長距離フェリー船社ということで、
1968年の第1船から現在の船までのパネル展示がある。
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浪人的に思い入れのある船たちをちょっと紹介。
2010年9月に神戸六甲アイランドから新門司までのデイクルーズに乗った。
その直後に引退。思い出深い船旅かつ船である。
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阪神大震災の年にデビューしたこともあり、船体にWe Love KOBEという文字が描かれていた。
浪人も何度も乗っている。
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2015年、泉大津~新門司航路に就航。
いずみはデビュー直後、
ひびきは飛鳥Ⅱクルーズ取材乗船のため北九州に向かうときに乗船。

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この日、浪人が乗っている船の名は「やまと」。
この6月30日にデビューしたばかり。
ちょうどこの日から2か月前のことである。
そしてその先代船「やまと」にも乗船したことがある。
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やはりこの船もソーシャルディスタンス確保。
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阪九フェリーのマスコットキャラクター「ふねこ」も
ニューノーマルへ。
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消毒液も船内のあちこちに設置。
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このシリーズ船から、トイレの前に設けられたユニークなデザイン。
実はトイレの入口はもう一つあり、浪人のキャンプ地・デラックスシングル前の通路に通じる。
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展望大浴場。
露天風呂も追加料金なしで利用できる。
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デジタルサイネージもガンガン活用。
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阪九フェリーの「ふねこ」のうたも。
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阪九フェリーといえばシースルーエレベーター。
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デッキ5~7の3層吹き抜けとシースルーエレベーター。
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窓の外には新門司フェリーターミナル。
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神戸行きは、この平城宮のような建物で乗船手続きをする。
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デッキ6にはレストランがあるが…
4つのケースには何が入っているのか?
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左から順にご紹介。
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レストランはまだ準備中。
そしてテーブルの真ん中はアクリル板で仕切られている。
ウィズコロナ時代仕様である。
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本日のおすすめメニューに
ダチョウ肉タタキなる料理がある。
870円。
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レストランメニュー
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ウィズコロナ時代の大切なお知らせ
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レストラン周辺のソファもソーシャルディスタンス
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話は変わるが、デッキ6の自販機で
オリオンビール発見☆
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ピクトグラムがあって、わかりやすい。
なおデッキ6の一番下にあるのは
展望ルーム。
船首にあり、出港シーンや夜の瀬戸内海を楽しめるが…
コロナ禍の影響で閉鎖中。
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デッキ5のエントランスホールに下りてきた。
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テレビやイベント(当面は休止)を見るソファ。
もちろんソーシャルディスタンス。
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シースルーエレベーター乗り場前のシートもソーシャルディスタンス。
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案内所。
アクリルカーテンでの仕切りがされている。
そしてスタッフはフェイスシールド&マスク。
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キッズコーナー閉鎖中。
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ふねこと世界のおともだちが泣いてるぜ。
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しかしゲームコーナーは営業している!
7月に乗った太平洋フェリーも
今朝まで乗っていたオーシャン東九フェリーも休止中だったが。
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喫煙専用室も透明カーテンの仕切りあり。
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マッサージチェアも間隔をあけて利用可能。
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デッキ5では日本の四季と暦を感じられる。
ちょっとホッとした。
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これでだいたい見学終了。
出港時刻が近いので、デッキに出てみよう。

<続く>

にっぽんの、よあけクルーズ④ 馬関でヴァカンス

8月30日。目が覚めたのは5時ごろ。
5時40分過ぎにデッキに出てみると
すでに新門司港が見えていた。
そこには大阪府泉大津からの阪九フェリー「ひびき」が
先に到着していた。
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大阪南港からの名門大洋フェリー
「フェリーふくおかⅡ」も到着済み。
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周防灘から朝日が昇る。
本日は正真正銘の
にっぽんのー、よあけぜよー!DSCF9052.JPG
2泊したキャンプ地を撤収して、
下船集合場所のオーシャンプラザに向かおうとしたら…
真向いの個室が開いたままになっていた。
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個室には2名、4名、withペット2名の3種類ある。
ここを1人で使用してもいいが、
いずれにせよ別途ルームチャージがかかる。
東京~新門司フルクルーズだと
2名個室 1万5000円
4名個室 2万円
withペット 2万3000円
となる。

「ひびき」の後方に接岸する。
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この「うどん県」のオブジェともお別れだ。
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「フェリーりつりん」を定刻(6時半)よりも20分早く下船。
送迎タクシーは定員ぴったりの4名が乗車。
せっかく船内はガラガラでフィジカルディスタンスが確保されていたが、
最後の最後で密になった。
ターミナルを出てから20分ほどでJR門司駅に着く。
本来ならフェリーが着岸する時刻の6時30分。
他の3名は皆、小倉方面の列車に乗った。
浪人だけは逆方向へ。
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門司から小森江を経由して
終点・門司港駅に。
昨年3月に駅舎の大改修が終わってから
はじめてお目にかかる。
以前とはかなり雰囲気が変わったな。
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駅を背に左手にはすぐ馬関海峡。
パンスターフェリーの向こう側の陸地は長州である。
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さっき九州に着いたばかりなのに、
1時間もしないうちに九州を離れる。
この関門汽船で長州に渡るのだ。
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関門汽船もコロナの影響を…
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馬関海峡波高し。
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たった5分で長州・下関は唐戸桟橋に。
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下関といえば「ふく」。
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唐戸市場の1階では馬関街という朝マーケットが開いた。
ここもとにかくコロナの影響が。
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浪人は2階に美味しい食堂があるのを知っていたので、
その店で14年ぶりに「ふく刺し定食」をいただく。
14年たってもおいしい。
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食堂のテレビでは日曜のモーニングショー。
そういえば、おととい辞めるといった首相の地元が下関だったな。
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美味しいふくをいただきながら、
在任7年8か月をふりかえるテレビの音声に耳を傾けた。
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食後、浪人は唐戸を歩くことにした。
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まずは馬関海峡を通過する船上からもよく見える赤間神社へ。
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耳なし芳一。
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
まさに先日崩壊した政権もそうであった。
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しばし散策ののち、再び九州へ戻る。
次はあのトップデッキから海峡を眺めようぞ。
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海峡ゆめタワーと大観覧車。
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上海下関フェリーとの遭遇。
かつては下関から青島までのフェリーも出ていたが、
いまはもうない。
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貨物船との衝突を避けつつ門司港へ。
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門司港に戻ってからは、改修された門司港駅内をしばし見学。
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その後、門司港駅のすぐ近くにある、九州鉄道記念館駅へ。
こちらは平成筑豊鉄道のトロッコ列車「潮風号」が発着する。
8月最後の日曜日ということで、乗客は親子連れが多い。
生まれて初めてこれに乗って、終着駅まで。
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関門トンネル人道を抜けて、
今度は徒歩で長州・下関へ。
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1988年9月、浪人は「さんふらわあ7」で大連・北京・天津・上海・南京・香港・石垣島をまわって博多に帰港した。
旅が終わるのが嫌で、同乗者のKとともに門司まで鉄道で出て、人生唯一のヒッチハイクを敢行。
トンネルの前で降ろされた2人はトンネルを歩いて九州脱出。
日が暮れたので、下関で夕食(ふくを食う金はなかった)。
宿に泊まる金もないので、この辺で古新聞にくるまって夜を明かした。
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いま思えばすごいところで夜を過ごしたものだ。
9月のちょうど今頃(9月18日あたり)だったが、壇ノ浦を抜ける風は冷たかった。
「ツライんだよぉ」
「寒いんだよそして」
すると、どこからともなく一人の男性がやってきて、我々のそばで野宿を始めた。
ここをキャンプ地とする!とも言わずに。
あれ、誰だったんだろう?
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下関から初電が出る時間をみはからって、壇ノ浦を出る。
タクシーが来たのでKと一緒に下関駅まで乗る。
昭和63年の壇ノ浦レポートはこれで終わる。
で、いまでも思う。
あそこにやってきて野宿した男性、いったい何者だったんだ?
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トンネルを抜け、九州に復帰。
それにしても、腹が、減った。
トンネル出口に「おでん屋」あり。
ここに入ろう。
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これをいただいた。いい味だった。
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ふたたび、トロッコ列車でJR門司港駅まで戻る。
ヘッドマークはこの8月限定の門司港レトロバージョン。
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それにしても暑い。
酷暑の日には噴水がありがたい。
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のどが渇いた。
門司港駅内にある☆バックスへ。
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☆バックスはあまり入ったことがない。
今まで利用したことがあるのは
シアトル1号店、金沢香林坊のお店くらいしか記憶がない。
しかし門司港駅の店内はなかなか面白い。
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レトロ感を大事にしている。
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門司港駅の歴史を映した写真も展示。
いい休憩時間だった。
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船の形をしたミュージアムへ。
かつて海峡ドラマシップという名前の時代に
入場したことがある。
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その後、リニューアルし、名前も関門海峡ミュージアムに。
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4階はプロムナードデッキという
大正・昭和の豪華客船デッキをイメージしたラウンジスペース。
無料で入れる。
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戦前、門司港は日本郵船の客船で
欧州へとつながっていた。
当時(1926=大正2年)の船の写真が展示。
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最上階に展望デッキ。こちらも無料で入れる。
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WELCOME TO KITAKYUSHU
とあるところに、
12年前(2008年)は釜山との定期船が停泊した。
しかしその航路もあっという間に廃止となり、
現在の門司港は欧州どころかアジア近隣諸国とも
旅客船航路はない。
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巌流島へと向かう関門汽船。
しかし東の空がにわかに暗くなってきた。
同時に、ゴロゴロという音もはっきり聞こえるように。
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取り急ぎ、門司港駅に退避することにした。
ミュージアムのエレベーターも
かなりしつこくソーシャルディスタンス。
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思ったほど雨は降らなかった。
そして気温は急に下がり、散歩に適した空気に。
浪人が乗るべき列車の発車までレトロ地区を歩く。
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この夏、
仙台では七夕が、土佐ではよさこいが
越中八尾ではおわらが
そしてここでは花火大会ができなかった。
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午後5時過ぎ、門司港から門司駅へゆく。
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5年ぶりの馬関でヴァカンスは終わった。
じーも君に見送られて、門司駅の改札をくぐる。
じーも君も元気でな。
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<続く>

にっぽんの、よあけクルーズ③  にっぽんのー、たそがれぜよー!

徳島港には13時05分から14時20分までの停泊。
北九州までの乗船者の一時下船は不可。
この75分間を船内で過ごすことになる。
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クルマ無しの徒歩乗船者のために、徳島駅前行きのバスが待機。
阿波踊りのイラストが、徳島にいることを実感させてくれる。
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しばらくして、1隻のフェリーが近づいてきた。
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その名は「フェリーあい」。
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ハートマークにI(アイ)。
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所属は南海フェリー。
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南海フェリーの新造船「あい」は昨年12月15日にデビュー。
くしくも浪人と同じ誕生日である。
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南海フェリーは徳島と和歌山を結ぶ。
関東住みはなかなか目にすることができない船である。
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お尻には「愛」💛
まるで直江兼続のような船である。
愛こそはすべて。
All you need is Love,Love,
Love is all you need.
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徒然なるままに船内観察をば。
徳島からの乗客を迎え入れる。
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対策をしているのはコロナだけではない。
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同社の旧フェリーは女性の顔をしていたが、
現在のシンプルフェリー・シリーズになってからは「カオナシ」になった。
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オーシャンプラザのこの席、よく見るとウィズコロナ時代の仕様になっていた。
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日曜日だけは明朝6時30分入港。
その他の日は5時20分なので、1時間多く眠れるのがありがたい。
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以前のフェリーでは徳島入港時にこの日の朝刊が運び込まれて、売店で売っていた記憶がある。
今回、首相辞任の記事を読みたかったので購入しようとしたが…そもそも新聞の販売じたいなかった。
まあ、いまはスマホでニュースも読める時代なので。

14時20分、徳島出港。
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これより入浴タイムとする。
ウィズコロナ時代のこの船での正しい入浴方法は、
まず印のあるところで靴を脱ぐ。
いっぱいになったところで、人数制限がかかるのだ。
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浴場にカメラは持ち込めないので、イメージ画像をどうぞ。
徳島県南部の海岸線を、日光を浴びながら、湯船をひとり独めしていた。
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雲の形を見ているだけでも飽きない。
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船内から四国最東端の伊島を、今度は右舷側に眺める。
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実に穏やかな午後の航海。
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16時30分。
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夕方の17時30分ごろ、少し暑さも収まったのでデッキに出た。
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海がまるで鏡のやうだ。
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月はこっちに出ている。
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18時ごろ、室戸岬に夕陽が落ちようとしている。
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高いフェンスのため、どうしてもこのような格好での撮影となるのはご愛敬。
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室戸岬からまるで竜のような雲が立ち上っていた。
ここは土佐。土佐といえば、りょーまー!
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遠く灯台を拝む。
そして、このそばにある24番霊場・最御崎(ほつみさき)寺にも今後の旅の安全を祈る。
海上から。
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にっぽんのー、たそがれぜよー!
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船は土佐湾を西へ。
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夕陽に向かって乾杯。
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最後の晩餐①野菜たっぷり彩菜カレー
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最後の晩餐②チャーシューまん3個入
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日が暮れて、船首に面するフォワードロビーのカーテンが閉められた。
23時ごろ、足摺岬の灯台のあかりが見えた。
土佐湾横断の船旅も、これで幕。
明日起きたらそこは九州ぜよ。
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<続く>

にっぽんの、よあけクルーズ② 紀伊半島を見ながら徳島へ

新しい朝が来た。
希望の朝だ。
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にっぽんのー、よあけぜよー!
と叫ぼうと思うが、
もう午前7時をすっかり回ってしまって…。
とにかくよく眠れた。
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現在位置はこちら。
まもなく紀伊半島が見えてくる。
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フェリー名は香川県の栗林公園に由来するが、船籍は本社のある徳島。
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船内をぶらぶらしてみる。
ウィズコロナ時代のフェリーではゲームセンターへの立ち入り禁止。
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パンフレットを手に取るにも、消毒してから。
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オーシャンプラザにあるこのオブジェ。実は香川県のかたち。
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その下には香川県の名産品がディスプレイされている。
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昨夜、ジブリ映画を見ながら深夜までしこたま飲んでいたドライバーさんたち。
夜が更けるにつれて酔いが回って大声になって、
最後のほうはちょっと口論っぽくなっていたようだが…。
1億総監視社会にお気をつけて(笑)
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朝食は総額400円。
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その内訳だが…珈琲2杯分が120円
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パン1個140円×2=280円
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そして、家を出る直前に配達されてきた夕刊をそのまま持ってきて、朝に読む。
首相辞任のニュースはまだ載っていない。
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食後、用事があって案内所に。
売店も兼ねている。
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オリジナルグッズも販売中。
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しかし購入したのは、これ。
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この日のこの時間までにチケットを買わないと、門司駅までの足がないのだ。
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それにしても、ウィズコロナ時代の案内所は
アクリルのカーテンや消毒液などのおかげで
なんだか病院や薬局の受付っぽくなったね。
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窓の外に目をやると、
紀伊半島がすぐそばまで迫ってきていた。
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本州最南端の沖をゆく深田サルベージの船。
昔、ここでトルコの軍艦エルトゥールル号、
そして伊豆でホテル兼レストランシップだったステラポラリスが沈んだ。
そのサルベージ(引き上げ)が任務なのか?などとぼんやり考える。
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そして潮岬。
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朝から猛烈な暑さ。四国は最高気温37度に達するところもあるとかないとか。
なので、ほとんどの乗客は船内から景色を眺める。
ちゃんとソーシャルディスタンスをとって。
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この船内では「フィジカルディスタンス」という表現を採用していた。
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船首にあるフォワードロビーへ移動。
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窓をのぞけば、ちょっとした船長気分。
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フォワードロビーに隣接して喫煙所はあるが、
これだけ自動販売機の商品が充実している船でタバコは置いていない。
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嫌煙派の浪人にとっては歓迎すべき処置だが、
愛煙家がもしもタバコを買い忘れて北九州まで2泊3日の船旅に出てしまったら…
これを機に禁煙するいい機会かもしれない。

さて、紀伊半島シーニッククルーズを楽しむこととする。
洋上からの紀伊半島の眺め①
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洋上からの紀伊半島の眺め②
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洋上からの紀伊半島の眺め③
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洋上からの紀伊半島の眺め④
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なお、47都道府県完全制覇を4年前に達成した浪人だが、
その最後の未到達県となったのが和歌山だった。
そして和歌山も和歌山市しか行ったことがない。
この一帯も船の上からしか見たことがない。

気が付けば左舷側には四国最東端の伊島。
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灼熱の太陽が放つ光線が肌を刺すが、
左右両舷に広がる景観を一度に望めるぜいたくはここでしか得られない。
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正午過ぎ、姉妹船の「フェリーしまんと」との反航(すれちがい)をしばし楽しむ。
しまんととは、土佐を流れる清流・四万十川のことぜよ。
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8月もまもなく終わるが、雲はまだ夏の様相だ。
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フェリーしまんとを見送った後のランチは、
ちくわ天うどん&ジャンボしゅうまい。
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その後、フォワードロビーから徳島入港風景を眺める。
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赤い灯台の左側は川。
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4年前まで対岸にあった、オーシャン東九フェリーの旧フェリーターミナルはもう跡形もなくなっていた。
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13時、徳島に入港。
東京出港が昨夜の19時30分、
北九州到着が明朝6時30分。
トータル35時間の船旅のちょうど真ん中にさしかかったところである。
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<続く>

にっぽんの、よあけクルーズ① 首相が辞めると言った日に、東京脱出

8月28日、金曜日。
夕方17時半過ぎに国際展示場駅に着いた。
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この日、昼間は摂氏36度に達し、殺人的な暑さ。
ミストも全開である。

浪人はここからバスに乗って旅に出る。
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その時刻表。
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バスといっても、送迎用のバン。
以前は210円支払っていたのだが、今回は運転手さんにお金を払おうとすると「お金はいりません」といわれた。
直後にシニア男性1名が乗車。
彼もお金は必要なかったし、そもそも支払う素振りすら見せなかった。
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17時50分、2名だけを乗せたバンが発車した。
以前の車内にはなかったものたちを見つけた。
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10分足らずでターミナルに到着。
それにしても、密とは無縁のターミナル内である。
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一応、ソーシャルディスタンスをうたっているが…とにかく人がいない。
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なにはともあれ発券カウンターで乗船手続きを。
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検温して平熱だったことを確認。
チケットを受け取る際、カウンターのお姉さんからマスク1枚プレゼントされた。
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ソーシャルディスタンスを守りましょう!なんてスローガンが必要ないほどにガラガラのターミナル待合室。
ここはクルマ無しの徒歩乗船者用なので、
車やバイクとともに乗船する客が多い船だとだいたいこうなる。
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このターミナルに足を踏み入れるのは1年半ぶり。
いつのまにか飲食スペースができていた。
といっても、カフェやレストランがあるのではなく、
「ここでは持ち込んだお弁当などを食べてもいいですよ」
という殺風景な空間である。
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しかし、またのお越しをお待ちしているのである。
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窓の外には東京ゲートブリッジが見える。
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まだ18時を10分ほど過ぎたばかりだが、
9月の足音がすぐそこまで聞こえてくるころになると、
いつのまにか日没の時刻もずいぶんと早まっていることに気づく。
あまりにも暑い日々が続いているものだから、
まだ真夏のような気分だが、季節の歩みは早い。

そして少し視線を右に移すと、
これから乗りこむ船が見える。
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その名はフェリーりつりん。
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所属はオーシャン東九フェリー。
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東京~徳島~北九州(新門司)を結ぶ。
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浪人はこれから2泊3日かけて北九州に行く。
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乗船開始は19時からとのこと。
まだ30分以上もある。
徒然なるままに乗船手続きの際にいただいた紙に、
書かれている事項を読む。
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裏面には船内のどこに消毒液が置かれているかを示すマップがある。
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19時、いよいよ乗船。
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ここを2泊3日のキャンプ地とする!
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ソーシャルディスタンス確保のため、
下段ベッドにはお客さんは入れないという。
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リラクゼーションスペース。以前と変わった点があった。
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ソーシャルディスタンス確保のため、利用不可のチェアがひとつおきに設けられていた。
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テレビの裏側には自販機が並び、2つのテーブルが並ぶ。
ここもソーシャルディスタンスの確保のため、イスが1テーブルに一つずつへと減らされていた。
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この日の午後、我が国の首相が辞めると言った。
それについては特段の驚きはない。
驚いたのはこちらの映像。
先月、「常磐線そしてフェリー」の旅で訪れた
福島県富岡町じゃないか。
インタビューに答える男性の背後には「さくらモールとみおか」がある。
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もっと驚いたことがある。
実はこれまでの浪人の船旅人生を振り返ると、
浪人が船に乗るとき、あるいは下船したその日に
何度も総理大臣が辞めている。
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1994年 東京から新さくら丸に乗ったその日に羽田内閣崩壊
2000年 南太平洋クルーズから飛行機で帰国したら小渕首相が病に倒れた
2008年 東海汽船で三宅島から帰京して、家のテレビをつけたら福田首相が「あなたとは違うんです」と会見していた
2010年 東京からクルーズフェリー飛龍21に乗った翌日に鳩山内閣が倒れた。なお沖縄に着いた翌日、菅直人内閣成立。

そして今回である。
偶然というにはこれが5度目とは。ちょっと多すぎやしないか?

オーシャン東九フェリーに関して言えば、
首相の辞任はないが地震はあった。
2004年10月に新潟県中越地震が起きたが、浪人はちょうどその時、
東京でオーシャン東九フェリーに乗船するところだった。
https://rohnin1966.at.webry.info/200809/article_4.html

永田町に激震が走ったその日の19時30分、
東京脱出。
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東京のコロナ感染者数は高止まり。
しかしレインボーブリッジは赤くならない。
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東京の夜景をバックに船は出る。
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まん丸お月様が照らすなか、東京ゲートブリッジをくぐる。
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羽田めがけて発着する鉄の鳥たちが、ファンネルの真上をかすめるように飛んでいく。
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東京の夜景を満喫した後、船内へ。
オーシャンプラザも以前とは変わった点がある。
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アクリル板のパーテーションが設置されていた。飛沫防止対策である。
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テレビの前の丸テーブルのイスは一つずつになった。
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首相が辞めたから、船内はその話題で持ちきりだった。
というのは全くのウソ。
オーシャンプラザにいたドライバーさんたちは、そんなことには興味がなく、
バラエティ番組とジブリ映画を見ながらしこたま飲んでいた。
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この船にレストランはない。
冷凍食品を自販機から選んで、食べる。
ガパオライスとプレミアムモルツで出港を祝う。
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あと、銀だこの焼きそばも追加。まるでお祭りの夜店のよう(笑)
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オーシャン東九フェリーの船は4隻。
びざん、しまんと、どうご、りつりんと四国4県のシンボリックな地名を船名に充てている。
今回、この「りつりん」で新造船4隻すべて乗船となった。
2016年1月の「びざん」乗船から4年7か月かかったわけだ。
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高知県だと坂本龍馬というキャラが定番だが、香川県はうどん。
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りつりん、とは香川県高松市にある栗林公園から。
ということで、ポスターも「うどん」。
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これまでの3隻は、いずれもコロナ禍前の乗船。
4隻目はコロナ禍の渦中。
案内所も透明カーテンで仕切られている。
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船内あちこちにソーシャルディスタンスの足跡がある。
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自販機の多い船である。食品だけでなくアメニティも充実。
マスクは今年になってから入れられるようになったのだろう。
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それではそろそろ歯を磨いて寝よう。
トイレとは別に独立した洗面所があるのが、
オーシャン東九フェリーの優れたところ。
ここでもソーシャルディスタンス採用。
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今年、緊急事態宣言が発出された後、
オーシャン東九フェリーは一時的に旅客の扱いをストップした。
その間に、コロナ対策として船内施設の仕様を変更したというが、
それが事実であったことを思い知った夜だ。
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ソーシャルディスタンスしまくりの船での第1夜が更ける。
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枕カバーには「サンライズ商会」の文字が。
明日はサンライズを拝めるかな?
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<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑱最終回 名古屋、そして東京へ

右手の水路には「みなとアクルス」乗船場がある。
同じ東山ガーデンの水上バスが発着している。
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中川運河は波がない。
幅員は最大91メートルの広さがあるため、
ボートなどの水上スポーツが盛んだという。
名古屋港漕艇センターもあり、こうした光景もよくみられる。
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女性アスリートの姿も
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運河に架かる橋をいくつもくぐっていく。
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バードウオッチングなども少々。
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キャナルリゾート乗船場。
温泉があるらしい。
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キャナルリゾートを出ると、妙にひなびた風情が。
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運河をモチーフとしたレリーフを発見。
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実は、この建物に張りついていた。
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中川運河は貨物輸送を目的としてつくられた。
船での物流が盛んな時代に倉庫がいくつも建設され、
昭和チックな倉庫群が今も見られる。
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そして前方には大都ナゴヤの摩天楼が。
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この辺はカフェも多いらしい。
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運河沿いにはカフェや飲食店が並ぶ。
水上バスが通りかかると、客がこちらに手を振った。
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15時過ぎ、終点の「ささしまライブ」に到着。
左手にあるタワーは中京テレビ放送本社ビル。
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下船して見かけたこの建物。
さてこれは何の建物でしょうか?

正解は、愛知大学。
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あおなみ線の「ささしまライブ」駅から名駅方面を眺める。
あれほど降る降ると言われた雨だが、
ここまで一度も傘を開かずに済んでいる。
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あおなみ線は金城ふ頭と名古屋を結ぶ高速鉄道。
太平洋フェリーを下船したら、いつもは野跡から名古屋まで向かうのだが、今回は野跡~ささしまライブは未乗車。
それにしてもレゴランドの世界観が強い車両だった。
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名古屋駅に着いたら、
この女性と再会。
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今回の旅に出かけている間、東京ではものすごい数(400オーバー!)の感染者数を記録したらしい。
ナナちゃん人形もマスク着用。
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その股下が正しいソーシャルディスタンスの間隔を教えてくれる。
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せっかく名古屋に来たので、
この喫茶店で一服して帰京しよう。
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名古屋16時49分発の「のぞみ」に乗った。
コロナ禍では初めての新幹線である。
4連休中ということもあったが、2列あるいは3列で
誰も座っていないシートはなかった。
浪人は3列シートの通路側を選択したが、
1席空けて窓側には名古屋からマスクなしの男性が乗っていた。

途中、スマホで何やら話をし始めた。
この夏休みにキャンプに行きたいようで、
あちこちのキャンプ地に予約を入れようとしていたらしい。
ところが、このコロナ第2波ともいわれる拡大状況、
なかなか希望通りに受け入れてもらえないようだった。
とりわけ、伊豆諸島などの島しょ部はNGで、
この男性もついに予約をあきらめたようだった。

18時24分に東京駅に着いた。
東京駅前にある東京五輪2020開幕までのカウントダウン時計。
数字は延期を受けてまた大きなものに逆戻り。
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今年は福島の被災地を、悪く言えばダシにして復興五輪をうたい、
来年はコロナ禍からの復興五輪を目指す。
開催が実現できるかどうか、それはわからない。

ウィズコロナ時代の常磐線そしてフェリーの旅。
上野発東京行きの4日はあっという間であった。

<完>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑰ 名古屋のパナマ運河体験クルーズ

「きそ」の名古屋港到着で、
今回の旅は終わったのではない。
帰京ルートを兼ねた、最後の船旅が待っていた。

土日祝限定で運行されている水上バスで名古屋駅近くまで行く。
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これが金城ふ頭にある水上バス乗り場のチケット売り場および待合室。
金城ふ頭から終点の「ささしまライブ」まで1500円。
待合所のソファもソーシャルディスタンス。
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東山ガーデン1は54人乗り。
しかしコロナ禍の影響で使用できない席を半分くらい設けて
ソーシャルディスタンスを確保。
なお、ここからの乗客は4名のみ。
自然にソーシャルディスタンス!
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右にいる男性乗客は金城ふ頭駅のそばにある
リニア・鉄道館の袋を持っていた。
係員にどちらまで行かれます?と尋ねられたら
「南極観測船ふじのあるところまで」と言っていた。
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13時40分、出港!
なお、船には外部デッキがないので
撮影は窓越しになる。
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名港トリトン中央大橋をくぐる。
午前中、「きそ」でくぐったのは赤色の西大橋だった。
向こう側に小さく見えるのがそれだ。
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潮見ふ頭。名古屋市内唯一の火力発電所も立地。
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潮凪ふ頭。
ふ頭の南端には1939年に建設された10号地灯台がある。
太平洋戦争の空襲で爆弾の破片により破損。
このふ頭は一般の立ち入り禁止なので、
水上バスからしか見ることができない。
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なお、浪人は操舵室の真後ろに陣取っている。
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ガーデンふ頭に接近。
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南極観測船ふじのお尻あたりで着岸。
リニア・鉄道館の袋を持った男性1名、
ここで下船。
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浪人にとっては、なつかしの名古屋ポートビル。
ここにはクルーズ客船が着岸する。
さんふらわあ7、新さくら丸、ぱしふぃっくびいなす、飛鳥Ⅱで出入港したことはあるが、
こんな小さな船できたのは初めて。
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ここから新規の乗船者なし。
金城ふ頭からの3名のパッセンジャー乗せて出港。
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なんだかメルヘンチックな船とすれ違う。
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どうやら同じ会社の船らしい。
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さあ、中川橋をくぐって
いよいよこのクルーズのハイライトへ!
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中川口通船門
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名古屋港と中川運河では名古屋港の水位が高く
最大2.4メートルの水位差が生じる。
この水位差を調整するために作られたのが中川口通船門だ。
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みよ!水位がどんどん下がっている。
水門で仕切られた閘室内で水位を調整するパナマ運河と同じ仕組みだ。
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よし、中川運河への水門が開いた。
このような水のエレベーター体験は
富山の富岩運河、大阪、
そして本場のパナマ運河でも体験しているが
規模の大小に関係なく楽しいものだ。
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中川運河を北上。
まだまだクルーズは終わらない。
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<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑯ 金城ふ頭の浦島太郎

4年前(2016年)の秋、太平洋フェリーの取材の際にここに来たとき、
あたりはすべて工事現場だったが…。
いつのまにか家具ドームという建物ができていた。
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金城ふ頭駅からペデストリアンデッキがずっと伸びていたので、歩いてみた。
4年前の工事現場はすっかり見知らぬ街に変わっていた。
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とりあえず歩道橋を渡ってメイカーズピアというふ頭に行ってみる。
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工事現場はなんだかおしゃれな街に変貌していた。
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まず、フォレストガーデンというところに行く。
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妙にワイルドだが、ハリボテ感あふれるスペース。
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なんだか野趣あふれる空間だ。
あちこちに動物観察小屋らしきものが建つ。
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すると本物のネコ出現!
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実はネコカフェ。
ガラス越しに激写してやった。
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こちらはちょっと大きめのネコ。
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なんだか生き物はネコしかいなかったフォレストガーデンからメイカーズピアに戻る
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あの向こう側にそびえたつ建物がレゴランドか?
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その建物の門なようなところに来たら…
左側入口では検温しているけど、右側の通路はその先のレゴランドジャパンまで続いている。
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左側はシーライフ名古屋という水族館だった。
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そしてレゴランドだと思っていた建造物はレゴランドホテルであった!
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ホテルの守衛もレゴでできている。
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なので、ホテルもレゴでできているようだ(ウソ)
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こちらがレゴランドジャパンの入口。
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テーマパークもすべてレゴでできているようだ(未確認)
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というのも今回は名古屋滞在時間が限られているので、入口だけを見る。
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なんでもかんでもレゴ尽くしであった。
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メイカーズピアにあるお化け屋敷。
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なんだか昭和レトロな入口の雰囲気。
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よど号ビールというのが気になる。ピョンヤンの味なのか?
しかし国産とあるしなあ…。まあ、我々はあしたのジョーだ。
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正午になった。噴水ショーが始まった。
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それにしても腹が減った。せっかくの名古屋なので、台湾まぜそばをいただく。
これが想像以上にうまかった!
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4連休の3日目。本来ならばメイカーズピアもレゴランドも人人人…のはずだが。
コロナ禍に加え、東海地方は大雨の予報。
人出も少なく、この店にも正午過ぎだというのに先客1名。
ところが浪人が食べ終えたころに山のように客が来た。
しかも雨も傘いらず程度にしか降らない。
今回、浪人は神なのではないか?と思えるほどついている。
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メイカーズピアをあとにして歩道橋を渡る。
このだだっ広い通りの名はメキシコ大通り。
その向こうに見える白い橋は名港中央大橋。
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金城ふ頭中央緑地に来た。
休日ということもあり釣り人多数。
その向こう側には、夜に来たら工場夜景がすごそうな風景。
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そこへ1隻の船がやってきた。
その名は「東山ガーデン1」。
なお、運航会社名は東山ガーデン株式会社。
そのまんまやないかい!
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実はこの船こそが、今回の旅のラストを締めくくる主役である。

<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑮ 雨の名古屋上陸!

5時50分。起床。
現在位置、遠州灘。
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前日の天気予報では非常に芳しくない空模様とのことだったが、雨は降っていない。
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今日の航跡。
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まもなく右舷側に渥美半島が見えてきた。
島崎藤村の「椰子の実」の舞台。
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左舷側には神島が。こちらは三島由紀夫の「潮騒」の舞台。
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伊良湖岬に立つ灯台がくっきり見える。
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伊良湖水道を通過中。
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藤村と三島。まさに伊良湖水道は文学水道。
「腹を割って話そう、藤村くん!」
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伊良湖水道を抜けたのを見届けて、朝食バイキング。華麗に朝カレー。
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朝バイキングのメニューはこちら。
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すると、窓の外を激しくたたく雨音が。
そして稲光が何度も。
間一髪で激しい雷雨を避けることができた。
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軽食スタンドでもモーニングセットや卵かけごはんセットを提供。
名古屋コーチンの卵使用か。もうすぐ名古屋。
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激しい雷雨が「きそ」を洗う。
デッキでセントレアを眺めるのは無理だニャーと思っていたら…雨が小降りになった。
前日の濃霧の中で「いしかり」を見られたことや
伊良湖水道を抜けたあと、間一髪で雷雨を避けることができたことも合わせ
今回、浪人は本当に神だったのかもしれない(爆)
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☆同盟という鉄の鳥が羽を休めていた。
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洋上からセントレアを眺めることは幾度もあるが、
セントレアに行ったことは一度もないことに気が付いた。
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しばし貨物船ウオッチ@伊勢湾。
船の間隔もソーシャルディスタンス。当たり前だが。
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そして大団円。
名港トリトン西大橋をくぐる。
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このときはちょっとしっかり雨だったので、屋根のあるところから通過シーンを撮影。
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10時10分、定刻よりも20分早く名港に。
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光壁に太平洋フェリーのマークが浮かび上がる。
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ウィズコロナ時代のフェリー旅をすっかり堪能して、下船!
スタッフも乗客もみんなマスク姿だ。
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けっきょく、インフォメーションのお姉さんの素顔が一度もわからなんだ…。

東海地方は大雨との予報。
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ありがとう、きそ。
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名古屋港フェリーターミナルを10時45分に発車する路線バスに乗って、最寄り駅に向かった。
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フェリーターミナルから乗車したバスで、「きそ」の乗客のほとんど(浪人含む)が下車したのが野跡(のせき)駅前。
名古屋駅まで通じる「あおなみ線」の駅で、名港フェリーターミナルの最寄り駅。
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ちょうど名古屋行きが来た。きそ下船者は全員これに吸い込まれた。浪人以外は。
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浪人だけ名古屋とは反対方向のこの駅で下車。
「あおなみ線」の終着点でもある。
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<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑭ 15周年を迎えた「きそ」の夜

今年で就航15周年をむかえた「きそ」。
名誉船長の生前の作品が飾られている。
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デビューは2005年1月7日。
この年の2月末、取材で「きそ」に乗った。
苫小牧から仙台を経由して名古屋まで2泊3日。
仙台での一時下船では、この年からプロ野球に参入した
東北楽天ゴールデンイーグルスの宮城球場を見に行った。
まだ工事中だった。
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東京港の入港盾。
きそが入港したはずの晴海ふ頭も
今年でその役割を終えた。
で、7月末のいまごろは晴海は五輪選手村だったはずだが…
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ショップに行ってみた。
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なぜか太平洋フェリーオリジナルグッズの取り扱いがなかったのは残念。
もちろんキャッシャーは透明カーテンで仕切られているし、クルーもマスク着用。
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いや、ウィズコロナ時代ならではのオリジナル商品はあった。
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ラウンジショー出演者、なし。
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しかし7月19日、すなわちこの5日前から
バイキングが復活した。
マーメイドクラブの営業も同時に復活。
やっぱりフェリーはバイキング!
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バイキングバイキングヤッホーヤッホー♪
しかしウィズコロナ時代はこれを守って!
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よし、食べるぞ☆
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生ビールを別途注文して、
バイキングの復活さらに久々のフェリー旅を祝う。
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デザートもおいしくいただきました。
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ごちそうさまでした、アンクル船長!
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バイキングを楽しんでいる間に、
船は千葉県犬吠埼沖に。
灯台の明かりのキラッ、キラッが
船にまで届いた。
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デッキからレストランがのぞける。
ソーシャルディスタンスだね。
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嫌煙家の浪人には無縁の空間だが
喫煙室も3密を避ける仕様に。
定員は3名。
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レストランでもそうだったが
パブリックスペースのテーブルや座席も
女性クルーがしきりに消毒をしていた。
ウィズコロナ時代の典型的なフェリーの光景だ。
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ウィズコロナ時代の
4か条の御誓文。
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カプセルホテルのようなS寝台は
もっともソーシャルディスタンスを確保できるキャビン。
しかも天井が高く、頭をぶつけることもないのがいい。
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テレビの上にある棚にも、荷物を置ける。
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テレビのリモコンはマグネットで壁についている。
もちろん禁煙。
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一番よく見たのは、現在位置チャンネルだな。
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それではおやすみなさい。
いよいよ明日は最終日。
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<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑬ 霧の福島沖クルージング

それではウィズコロナ時代の船内を見てみよう。
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太平洋フェリーと言えば毎晩のラウンジショー、
昼間のミニコンサート、洋上の映画上映。
しかし、コロナ禍の影響ですべて中止。
カラオケもNG
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船内ではマスク着用必須。
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インフォメーションカウンターも飛沫防止カーテンで仕切られる。DSCF7355.JPG
カウンターへの列もソーシャルディスタンス確保で。
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かなり余裕あり。
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ソファもソーシャルディスタンス。
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ゲームコーナーも立ち入り禁止。
そうだ、あんま王を使おう!
というポスターとは裏腹に
マッサージチェアも使用不可。
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なんだかみんな悲しそうだ…。
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大浴場の洗い場の半分が利用不可に。
「きそ」には太平洋フェリー3姉妹の中で
唯一サウナがあるのだが、
こちらも使用不可。
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キッズコーナーは、制限付きでの利用ができる。
他の船社は利用不可のところが多い。
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仙台⇒名古屋では、本来なら昼下がりのミニコンサートが行われるが、
弾く人がいなくなったピアノが寂しげだ。
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プロムナードでは座れない席がいっぱい。
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そんなないない尽くしの中、
姉妹船「いしかり」との洋上すれ違いは
ウィズコロナ時代でも継続中。
ところがみるみるうちに濃い霧が立ち込めて、
「本日この霧で洋上すれ違いはできません」
という無情のアナウンスが…。
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このすれ違いを楽しみにしていた乗客はがっかりしていたが、
あきらめの悪い人というものは存在するもので、2名が霧の中デッキに立っていた。
もちろんその中の一人は浪人なのは言うまでもない。
そして奇跡が起きた。
ふっと霧が一時的に晴れて、「いしかり」の姿を拝むことができたのだ。
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怪力乱神を語らぬ浪人も、この時ばかりは自分が神だと思えた(爆)
なお、ここは福島県相馬沖。

いしかりを見られたことに満足し、
軽食スタンド「マーメイドクラブ」で
このうまいコーヒーを味わう。
というか、7月末だというのに
北太平洋の風はかなり肌寒かった。
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そして軽食スタンドのカウンターもソーシャルディスタンス。
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きのうまでは陸地側にいた福島県浜通り。
きょうはその沖を南下する。
そろそろ浪江町の沖にいるはずだ。
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しかし、福島第一原発をはじめ
双葉郡の姿は見えず。
ただ以前と違うのは、
向こう側にある陸地の風景を思い浮かべることができるようになったことだ。
浪江や双葉、夜ノ森、富岡での時間が
走馬灯のように脳裏をかける。
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広野の火力発電所が見えた。
あの向こうにはマミーすいとんを食べたJヴィレッジ
そして童謡のふるさと広野町がある。
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そして塩屋崎。
そこは福島県いわき市。
まもなく福島県とはお別れ。
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<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑫ ウミネコとともに仙台出港

出港時刻が迫っているので、デッキに出た。
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仙台港名物と言えば…ウミネコ!
お前、元気にやっていたか?
思わず声をかけそうになる。
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12時50分、仙台出港!
昨年9月以来、久しぶりのエンジンの振動にちょっと感動☆
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名古屋までの密航をたくらむモノあり。
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さらば仙台、さらば東北。
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コロナ禍で船内でのラウンジショーなどイベントは停止。
しかし、仙台港では必ずこのような自主企画を行う乗客が一人はいる。
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そして撮影するギャラリーも数人いる。
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ウミネコの餌付けショー。
必ずこのようなヒッチコックの映画みたいなことになる。
これは太平洋フェリー非推奨イベント。
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ウミネコがフェリーと並走する。
自分も乗せてってくれー!とばかりに。
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いかにも仙台を感じさせる風景が間もなく出現。
灯台には初代仙台藩主、伊達政宗のかぶとをモチーフにした三日月形の飾りが…。
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この灯台の存在は、2004年に初めて太平洋フェリーに乗船した際(先代いしかり)、
船長に教えていただいたのだ。
その後、2011年3月11日の余震で傾き、のちに撤去。2013年に新造された。
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因みに、なにゆえウミネコ餌付けショーが非推奨かというと…
デッキに奴らの空爆の白い痕跡が残るからだ。
クルーの清掃が大変だということで、以前乗船したときもチーフパーサーが
「本当はあれはやめていただきたい」と苦言を呈しておられた。
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ウミネコたちの追走をなんとかかわした模様。
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遠くにネコ島で有名な田代島や金華山がうっすら見える。
※こちらはキャットのほうのネコ
コロナ禍がなければ、この夏、クルーズで石巻に行くはずだったが…。
来年は行こう!
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いざ、太平洋へ。
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2020年夏。常磐線そしてフェリー⑪ 「きそ」でソーシャルディスタンス

無事、仙台港フェリーターミナルに到着したが、
乗船手続きはいつもと様子が異なる。
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まず、右側のフェイスシールドの男性係員のところで検温。
36度4分ですね、と言われ、体温を記入した健康確認書をもらう。
それを持って奥にあるカウンターへ。
健康確認書を提出して、発券手続きに入る。
もしも体温が37度5分以上だったら…乗船できない。
ウィズコロナ時代のフェリー旅はなかなか厳しい。
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検温もマスク着用も拒否しないよい子には
太平洋フェリーオリジナルウェットティッシュが
プレゼントされる(2020年7月24日現在)。
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ターミナル2階の待合所へ。
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2020年は太平洋フェリー50周年イヤーである。
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やはり仙台、フェリーターミナルも七夕ムード演出。
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さあ、久しぶりの船旅が始まろうとしている。
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正午、乗船開始。
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今回乗船するのは「きそ」。
今年でデビュー15周年。
浪人的には12年ぶりの乗船となる。
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ここを今夜のキャンプ地とする!
S寝台。仙台⇒名古屋、インターネット割引で1万1200円なり。
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ソーシャルディスタンス確保のため、
本来ならば1つのカプセルベッドに1人ずつ使用のところ、
4ベッド1区画での乗客は浪人ひとり。他の区画も同じように割り当てていた。
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エントランスにある光壁。
太平洋フェリーのマスコットが映し出されている。
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まずはレストランへ!
しかし以前とはずいぶんと勝手が違うようだ。
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レストランの名は「タヒチ」。
しかし、きのうまで2日連続で乗った特急列車の名前がまだ頭にこびりついていたため
「ひたち」と読んでしまったのは内緒だ。
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まあ、HITACHIに見えなくもないが…。
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まずは自席を確保。
ソーシャルディスタンスも確保されている。
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食事中に何度も離籍するバイキング形式なので、
この席には人がいますという「食事中」カードを置く。
そしてバイキングや飲み放題ドリンクをとる際には必ず手袋(左)をする。
こうした形式について、初めての人は戸惑うかもしれない。
が、ステーキガストで何度もこの手袋を使ったサラダバイキングを経験していたため、
浪人は「ステーキガストと一緒だなあ」と思った程度だった。
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料理も透明カーテンの向こうにある。
もちろんバイキングおよびドリンクバー利用の際の
マスク着用は必須。
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国府多賀城駅から仙台港まで歩いてくる乗客は浪人くらいなものだろう。
それにしても腹が、減った。いただきます。
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名誉船長が生前に描いた「きそ」イラストが飾ってあった。
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れにしても連休中にしてはレストラン利用客が少ないな。
もともと仙台~名古屋は、仙台~苫小牧に比べると
乗客数がさほど多くない区間だが…。
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食事を終えて、レストランを出る。
入口からキャッシャーまでもこのようにソーシャルディスタンス。
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プロムナード。椅子の背もたれに何か貼ってあるな。
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プロムナードでもソーシャルディスタンス。
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軽食スタンド「マーメイドクラブ」でも食事をとることができる。
こちらはレストランの1100円に比べるとリーズナブルなので、結構繁盛している。
しかし、クルーはマスクをして、さらに透明カーテンの向こう側。
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浪人が最後に長距離フェリーに乗ったのは昨秋(9月)。
太平洋フェリーの新しい「きたかみ」で仙台~苫小牧を往復して以来、
実に10か月ぶりのことだ。

この10か月間に、フェリーの船内風景は
これほどまでに変わってしまったのであった。
まるで、フェリー浦島太郎である。

<つづく>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑩ 多賀城のほそ道

仙台の朝。
ホテルのロビーにも七夕飾りと宿泊客用の短冊がある。
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東横インと言えば、無料朝食のブッフェが売りだが…。
コロナ禍の影響で、通常の朝食ブッフェは停止。
かわりにすでにセットされたお弁当が用意されていた。
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野菜も麻婆豆腐もすでに皿に盛りつけられたものを持ってくるだけ。
浪人的にはこっちのほうが楽でよい。
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チェックアウトし、仙台駅に向かう。
仙台の七夕祭りは8月初旬。
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七夕一色ですなー。
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しかーし、この夏、仙台に七夕祭りは来ない。
駅構内には9年ぶりに「がんばろう宮城・東北!」のスローガン。
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この裏側。
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いつもだったら仙石線に乗って中野栄駅なのだが、
今回は気分を変えて9時発の東北本線で。
15分後、国府多賀城駅にて下車。
初めてやってきた。
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駅前には立派な博物館。
9時30分開館。
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しかし通路はオープンしていたので、そこを進む。
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すると、このような古い住宅に。
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博物館の方が「おはようございま~す」とやってきて、家を開けてくれた。
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博物館は入館料がかかるが、
今野さん家は無料だった。
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住宅とは別にこのような展示もある。
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こちらが博物館。
内容充実とのことだが、
今回は時間の都合でパス。
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今野さん家から、このような道を歩く。
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ちょっと危険な香りがする。
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実はこの危険な香りの道、
多賀城廃寺跡への近道である。
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近道を抜けると多賀神社。
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多賀城廃寺跡。
ここに立派なお寺がいくつも建っていたのだという。
松尾芭蕉ではないが、まさに夢のあと。
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金堂のあと。
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多賀城廃寺跡から
あるおもわくを秘めて
この橋にやってきた。
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あの松尾芭蕉もあるおもわくを秘めて
ここにやってきたらしい。
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浪人もおもわくをもって、歩道を川に沿って進む。
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そしてJR多賀城駅(北口)にたどりついた。
ここは仙石線の駅。
14年ぶりにやってきたが…
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14年前にはなかった、駅を南北に貫く自由通路ができていたのと、
とにかく駅が立派になっていて浪人は浦島太郎になった。
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改札口では、浪江駅でご一緒した吉永小百合さんと再会。
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こちら南口。
14年前とはすっかり大変貌。
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大変貌を遂げた多賀城駅からこの2つを目指して歩く。
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沖の石と末の松山は芭蕉も訪れているが、
いまやこんな住宅街のど真ん中にあるのだ。
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多賀城市はけっこう海から離れているのだが、
2011年3月11日にはこんなところまで
そしてこんな高さまで津波が押し寄せたのだ。
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そして住宅街のど真ん中に沖の石。
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どんな史跡かというと
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芭蕉の時代からこんな感じだったらしい。
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すぐそばに、末の松山。
小倉百人一首にも登場する。
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もちろん芭蕉も立ち寄った。
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芭蕉も立ち寄った史跡をめぐり終え、
JR多賀城駅に戻ってもよかったが
そのまま引き返すことを潔しとせず前進。
イオンに到着。
ここに来るのは16年ぶり。
当時の名はジャスコだった。
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ジャスコ、いやイオンで小休止した後、
ここからタクシーを使う手もあったが
この日は陽ざしの割にはややひんやりしていたので
そのまま目的地まで歩きとおすことにした。
左折をすれば仙台港。
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この線路にほぼ沿って行けば目的地である。
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16年前(2004年)、初めて仙台港にフェリーで来たとき(一時下船であった)は、
船からジャスコまで歩いて行った。あれ以来のウォーキングである。
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これから乗る船のファンネルが見えた。
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仙台港フェリーターミナル到着は11時30分。
JR国府多賀城駅から2時間15分の「多賀城のほそ道」であった。

<つづく>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑨ 浪江から仙台へ

浪江駅で仙台行きの特急列車を待つ。
3月14日の常磐線全通にあわせて
駅構内に情報館がオープンした。
ただし無人。
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内部はこうなっている。
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あの大震災からちょうど8年後、
有名なアイドルグループが浪江を訪れたようだ。
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ほかにもさまざまな著名人がこの町を訪れているようだ。
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ぜーっと!
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東北魂
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現在はそれぞれの避難先で再開している9つの窯元らによる「大堀相馬焼」の作品を紹介。
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なみえ焼きそばチャレンジは、次回までとっておこう。
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浪江はポケモン発祥の地!?
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常磐線全通に寄せられた祝福メッセージが待合スペースに。
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しかし、常磐線全通で浪江は無人駅になった。
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乗車駅証明書発行機。
吉永小百合さんも利用したかは不明。
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それではそろそろ特急列車が来る時間だ。
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きのう、広野から双葉まで乗車した
品川発の特急ひたち13号。
16時04分発のところ、5~6分遅れで到着。
これに乗って一気に仙台へ向かう。
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浪江から15分ちょっとで南相馬市の原ノ町駅に到着。
相馬野馬追で有名。
発車メロディーも常磐線全通となった3月14日から
相馬野馬追で歌われる「相馬流れ山」を採用している。
本来ならば今年は7月25日から27日までの3日間の開催。
今頃は直前で大盛り上がりのところだが…
コロナ禍の影響で無観客・神事のみ・簡略化での開催に。
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原ノ町から15分後、相馬駅に到着。
この特急列車では最後の停車駅となる。
青森県八戸市にあるウミネコ繁殖地・蕪島から700キロ続く
「潮風トレイル」の終着地が相馬である。
陸奥(みちのく)はその名の通り
奥が深い。
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福島県の最北駅・新地を通過した。
いよいよ宮城県に入る。
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17時26分、終点・仙台駅に到着した。
浪江では5分ほど遅れていたが、定刻通りの到着。
あの2011年3月11日のままの風景が残る町から
たった80分足らずで東北最大の都市に着いてしまうのが驚きである。
また、新幹線と違い、在来線ホームに着くのも
なんだか新鮮な気分にさせられる。
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今回の常磐線踏破の旅、
途中下車駅は広野・Jヴィレッジ・富岡・夜ノ森・双葉・浪江。
訪問先は双葉郡ばかりだった。
次回は相馬にも行きたい。
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新幹線ホームからだとエスカレーターを下って改札に行くが
在来線だと上がっていくのがこれまた新鮮。
常磐線全通を祝うムードあふれる。
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仙台にやってきたぜ!という気分にさせられる。
この3代目伊達政宗像、6月26日にデビューしたばかり。
駅3階の飲食店街「牛たん通り」「すし通り」に設置。
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それにしてもまだ17時半過ぎだというのに、
どの店も観光客の行列ができている。
さすが4連休初日。そしてGo To トラベルキャンペーン効果なのか?
それにしても人の姿がまばらな双葉郡から
いきなり人であふれる仙台に放り込まれて
そのギャップにくらくらとめまいがした。

まずは前年冬のフェリーズ取材のときにも利用したホテルにチェックイン。
その際、1年半前には必要なかったことを申告する。
前泊地と翌日の宿泊地を所定の用紙に記入しなければならないという。
これは新型コロナウィルス感染者が出たときの追跡に使われる。

前泊地は福島県富岡町と書いたが、さて明日の宿泊地の欄で首をひねる。
フロントの女性に相談。
「明日はフェリーで1泊なんですけど…」
どうやらこうした質問を想定していなかったようで、
女性もちょっと戸惑っていた。
仕方ないので、浪人は「船泊」と記入してOKしてもらった。

ちょっと休憩してから夕食に出かける。
浪江では真夏の青空が広がっていたが、
仙台では夕立が降っていた。

浪人はとあるアーケード商店街に。
行きつけの牛タン店にも行列ができていたのには失笑。
そのほとんどが観光客である。
コロナ禍は全く収まっていないが、さすが連休&Go Toトラベル。
まあ、牛タンカレーがおいしかったので許す(笑)
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あと、駅内の「ずんだ茶寮」のずんだシェイクが早々に完売していたのにも驚いた。
まあ、下の階にもずんだ茶寮があるのを知っていたので、
そこでシェイクを無事購入できたが。
というわけで、今夜は仙台で一泊!

<続く>

4か月ぶりの『クルーズ』

きのう午後、最新号の掲載誌が届いた。
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前号の掲載誌が届いたのはゴールデンウィーク直前であった。
だから4か月ぶりの『クルーズ』最新号である。

本来ならば、6月末に8月号が発行されるはずだった。
が、コロナ禍による全世界的なクルーズの停止もあり、
創刊以来初めて休刊という事態に陥った。

そして今号、休刊となった8月号とあわせた
「合併号」として久々の発売となったのである。

コロナ禍が収束しない中での発行となった最新号。
以前のような楽しいクルーズレポートは、ない。
そのかわり、タイトルにもあるように
「ポスト・コロナのクルーズ新時代に向けて」
その通りの誌面となっている。

そのコンテンツ一覧については
こちらから見ることができる。
https://www.cruise-mag.com/current_mag/index.html

浪人は最新号に2本の記事を寄稿した。
まずは連載「港からたどるフェリーdeクルーズ」。
原稿はゴールデンウィーク前に納品していたが、
その直後に6月末発売号の休刊が決まった。
そして2か月遅れでようやく日の目を見ることに。
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今回は京都舞鶴港。
8月27日発売に合わせたかのように
Webクルーズではこんなニュースが掲載された。

舞鶴港就航50周年、新日本海フェリーに感謝状
https://www.cruise-mag.com/news.php?obj=20200827_03

連載とは対照的に、7月末に急きょ執筆を依頼されたのがこちらの記事。
Go Toトラベルと、ウィズコロナ時代のフェリー旅についての記事を見開き2ページで。
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この直前、浪人は太平洋フェリー「きそ」に乗っている。
現在、浪人ブログで連載中の「2020年夏。常磐線そしてフェリー」のフェリーとは、
「きそ」のことである。

そしてその船内での見聞を、ウィズコロナ時代のフェリー旅の現場体験として
こちらのテキストにふんだんに織り込んでいる。

浪人ブログ「2020年夏。常磐線そしてフェリー」では、
9月以降に「きそ」乗船記が始まるので、それと読み比べてみるのもいいだろう。

そしてもう1本、フェリー関連記事が。
こちらは浪人担当ではないが、
ポスト・コロナ時代のフェリー旅について考える内容である。
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こちらは最新号の裏表紙。
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9月10日、約2か月遅れで東京国際クルーズターミナルが開業する。
その日、にっぽん丸が寄港。そして出港する。
時間があれば見に行こうと思う。

クルーズ再開にはまだまだ程遠い状況だが、
まずは雑誌の『クルーズ』が復活したことを喜びたい。

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑧ 幻の「なみえ焼きそば」

Jヴィレッジ、富岡、夜ノ森、双葉と新設の駅を見慣れた目には、
この昔ながらの駅舎がかえってまぶしい。
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駅前ロータリーにて発見した。
立ったが曲は流れなかった。
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立ち位置が悪かったのか?
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どんな曲か聴きたかったなあ。
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駅前ロータリーにある線量計。
この2日間で2番目に高い線量を記録していた。
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とりあえず、歩き始める。
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夜ノ森や双葉のように、
駅のすぐそばに帰還困難区域があるわけではないが、
やはり9年前のまま時が止まったような光景が見られる。
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福島民友新聞によると浪江町の震災当時の人口は2万1542人。
2020年2月1日現在、帰還者数は1227人。
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この消防署も今は機能していない。
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ところどころで建物解体が行われていた。
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お菓子屋さんも、2011年3月11日からこの姿のままなのだろう。
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そしてこのお寿司屋さんも。
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浪江町役場の前に着いた。
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その隣に、仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」があった。
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全国に浪江の名を知らしめた「なみえ焼そば」。
まるしぇ内にその店はあるが、ラストオーダー13時半。
なお、現在時刻はまもなく14時。
ということで焼きそばは次回の楽しみに。
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この新メニューも試してみたいものだ。
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なみえ焼そばの店だけでなく、
飲食店はほぼ14時クローズ、
長くても15時まで。
観光客と思しき家族連れが
まるしぇでランチにしようとやってきたが
どこも閉店だったため、途方に暮れていた。
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浪人はここのクローズ時間が早いことを
あらかじめネットで調べていたので、
富岡駅でさくらうどんの昼食をとっておいた。
そのため、浪江でランチ難民になることはまぬかれた。

さて、浪人は国道6号線に。
浪江は双葉郡最北の地。まもなく南相馬だ。
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国道6号線を越えたところに
7月15日(この8日前)にオープンしたばかりの
「安らぎの宿 ホテル双葉の杜」が建っている。
ちょっと中を覗いてみたが、
なかなかいい感じの観光客用ホテルだった。
復興作業員の受け入れよりも、将来をにらんだオープンのようだ。
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ホテルのそばにあったマンホール。
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まるしぇ近くにあるローソン。
コンビニはすべて24時間営業と思ったら大間違いだ。
ここは午後8時でクローズ。
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そしてイオンもある。
イオンというとやたら広い敷地というイメージだが、
浪江のはかなり小さめ。
それでも食料をはじめ品ぞろえはかなりいい。
さっきまるしぇでランチに困っていた家族連れも
ここで食料を買いだして車中で食べることにしていた。
利用客は地元民、復興作業員。
浪人はここでジュースとお菓子を購入し
イートインでしばし休憩。
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イオンのイートインコーナーに貼ってあった。
これで浪江のいまを情報収集。
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同じくイートインコーナーで発見。
浪江町には請戸(うけど)漁港があるから
「うけどん」なんだな、たぶん。
浪江のさかなクン、がんばれ!
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休憩を終え、イオンを出る。
道をはさんで、まるしぇがある。
富岡のショッピングモールがそうだったように
ここにもコインランドリーがある。
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浪江の昼下がり。
歩いているのは浪人ひとり。
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このショーウインドウがある建物は
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銀行だった。
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ここでも9年前に乗り捨てられた車が。
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この3月13日まで浪江は仙台方面から延びる常磐線の南限駅だった。
それだけ帰還困難区域の解除は、夜ノ森・大野・双葉といった駅の周りよりも早かったのだが、
そんな浪江でも廃墟のような光景がところどころに。
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9年前の3月11日で時が止まったか
あるいは解体中の建物ばかりのこの町で
現在営業中の居酒屋があるのを見ると
なんだかとてもホッとする。
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浪江駅へと続く一本道に入る。
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この本屋さんで、いま、本は買えない。
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書店は駅前通り商店街に面していた。
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しかし、いまそこに商店街の賑わいはない。
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以前は、浪江から東京行きの高速バスが出ていたようだ。
ここはバスの待合所だった模様。
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この5月末まで地方紙のセンターがあったらしいが、いまは無人。
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かすかにバスセンターの面影が。
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こちらが駅前の食堂街だったらしい。
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いまはこのような状態。
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かつては立派だったであろう中華レストランも。
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駅前にあった在りし日の商店街マップ。
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駅前広場に戻ってきた。
このカフェでは、なみえ焼そばもいただけるということだったが、震災とは別の理由で休業中。
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その件については、事前にインターネットで知っていたので、
浪江でなみえ焼そば難民になることはなかった。
しかし、なみえ焼そばが食べられなくても、
大堀相馬焼のカップでコーヒーを飲みたかった。
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カフェのすぐそばにあった歯医者さん。
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スリッパが散乱していた。9年前からこのまんまなんだろうか。
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2017年3月31日に避難指示が解除された浪江町の駅周辺ですら、3年たってもこのような状態。
なお、浪江町HPによると
東日本大震災当時の人口は、約21,500人でした。現在の住民登録数は約17,000人です。
浪江町内には約1,400人が居住しています。その他の町民は、現在も町外での避難生活を続けています。
令和元年10月に実施した住民意向調査では、「帰還したいと考えている」が11.4%、
「まだ判断がつかない」が26.1%、「帰還しないと決めている」が54.9%となっています。

という厳しい数字が出た。
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そろそろ仙台行きの列車が来る時間だ。
浪江駅に入ろう。

<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑦ 富岡にて

キャンプ地からの眺め。
ちょうど常磐線の水戸発原ノ町行き普通列車が
さっきまでいた夜ノ森方面に走っていくところだった。
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よく考えてみればここの踏切がチンチンなるのも
この3月13日までは9年間なかった光景なのだ。
鉄のキリンたちも今日の業をなし終えて更地で休む。
キリンの向こうには太平洋。

地元のNHKニュースを見る。
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原発があった双葉郡の線量はやはり高めだ。
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ホテルでは夕食と朝食バイキング付きのコースに。
観光客はマイノリティで
長期滞在の復興作業員ゲストが多い。
通路には洗濯物を入れたランドリーバッグが
無造作に置かれていた。
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夕食を終え、21年ぶりに富岡の夜を。
7月下旬だが、涼しい。
駅前はとても静かで、暗かった。
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翌朝。
天候は曇り。太平洋もかすんで見える。
明日は、あちらから陸を眺めることになる。
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富岡ホテルのアメニティのネーミングが未来を感じさせる。
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朝食バイキングをゆっくりとって、
9時にチェックアウト。
リュックをフロントに預け、外出。
いつしか雨が降っていた。
更地と、その上に建てられた新しい住宅を眺めつつ歩く。
そのベランダのほとんどには作業服が干してある。
復興作業に従事する人たちが暮らしているのだろう。

9時30分、開館。
コロナ禍の影響で2月29日から休館していたが
6月29日から見学を再開した。
ただし、以前のように自由な見学はできない。
浪人も電話で9時30分からの入館を予約した。
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コロナ以前は自由に見学ができたが、じっくり見ると3時間はかかるという。
いまはソーシャルディスタンスを保つため、
東京電力の係員が必ず見学者に同行してガイドする。
1時間15分のコースが設定されていた。
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以前は原発PRのための施設だったが、
現在は福島第一原発の廃炉に関する資料館。
しかも管内で閲覧するビデオでは
東京電力の謝罪と反省が繰り返し述べられる。
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廃炉まではまだまだ遠い道のり。
さらに汚染水の問題も含めて難題は山積している。

2011年3月、ここで何が起きたのか?
あくまでも東京電力からの視点にはなるが、
興味深い資料がそろっており、
訪問の価値はあった。
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これだけ資料もいただいた。
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75分はあっという間に過ぎて、退館。
内観の撮影はできない箇所が多いが、
外観の撮影は問題なし。
廃炉資料館の外観は アインシュタイン、キュリー夫人、エジソンの生家がモデルとなっている。
どこかで見たことがあるなぁ…。
と思っていたが、なるほど。
30年ほど前にポーランドのワルシャワで見た
キュリー夫人の生家のデジャヴであった。
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その建物よりも目をひいたのは
手前に掲げられた横断幕だった。
コロナ禍がなければ、明日は東京五輪の開幕だったはずだ。

ちなみに富岡高校は、Jヴィレッジ内に設置されたJFAアカデミー福島と連携した教育を行うべく、
2006年に設置学科の改編が実施され、普通科を廃止し、スポーツ科等の学科設置等を行った。
横断幕にあるバドミントンの選手たちも富岡高校の出身者である。

しかし、2011年の原発事故が学校の歴史を変える。
現在も避難指示解除準備区域に指定されており、
生徒は福島県立福島北高等学校などサテライト校に通っている。
2015年4月 - 福島県立ふたば未来学園高等学校(広野町)開校に伴い、富岡高校の募集停止
2017年3月 - 休校

富岡高校はバドミントン以外にもサッカーの有力校。
あの旧国立競技場ラストイヤーとなった2013年度選手権では福島代表になっている。
そして1勝を挙げた。


廃炉資料館から国道6号線を隔てたところにある公園に行ってみる。
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東日本大震災慰霊碑でしばし黙とう。
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慰霊碑のうしろには「富岡は負けん!」
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地震が起きた際、住民避難にあたって津波にのまれた警官が乗っていたパトカーの残骸が展示されていた場所に。
昨年、ここから移動。来年できるという資料館にて展示予定だという。
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廃炉資料館近くにあるショッピングモールへ。
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テナント一覧。あと、「3.11を語る会」の事務所や、やや大きめのコインランドリーも併設。
ランドリーは復興作業員御用達なのかな。
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モール内の休憩スポット。
11時になったらフードコートがオープンし、浜鶏らーめんがよく売れていた。
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それではリュックをピックアップしに
富岡ホテルに戻る。
子供たちの姿が見えなくなった幼稚園では解体作業が進んでいた。
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町の木はさくら。
そんな富岡町のマンホール。
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富岡駅に併設の駅コンビニは
お食事処も兼ねている。
午後6時で閉店する。
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それではここでランチとする!
3と書かれた桜の花びらをあしらった番号札
お手拭きやケータイ使用禁止を訴える注意書きも
すべてさくら色。
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カウンターの窓の外には
富岡駅のホームが見える。
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平、とは現在の「いわき」。
常磐線の青森行き列車って、いつまで運行していたのか?
ちなみに浪人は1987年、普通列車で上野から常磐線経由で仙台、盛岡、そして青森に行ったことがある。
そのまま青函連絡船に乗って船中泊で、人生初の北海道上陸。
きょうはそれ以来の常磐線全線踏破となる。
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さくらうどんの冷やし。
めんの色がさくら色。
509円。うまい!
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前日、Jヴィレッジで飲み損ねたカフェ・アメィゾンのアイスコーヒーをここで。
なかなか苦みのきいた、いいコーヒー。
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おばあさん3人とおじいさん1人の4人組が、地元訛りまる出しでおしゃべりしている。
どうやら久しぶりの再会だったようで、またここで会おうと言い合って別れて行った。
その直後、復興作業員の方々がやってきて、ランチタイム。
ここはただのコンビニではない。
富岡の人たちにとって貴重な場所なのだ。

富岡駅から北へ延びる鉄路。
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日ごろ東京で使い慣れているSuicaが
富岡~浪江でも利用できるようになった。
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3月14日から富岡駅でもSuicaが買えるようになった。
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ただし、浪江がSuicaの首都圏エリアと仙台エリアの境界駅のようだ。
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常磐線は宮城県内の岩沼駅まで。
そこ以降は東北本線になる。
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それでは21年ぶりの富岡よさらば。
12時55分発の普通列車で北へ。
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やってきた普通列車に驚いた。
昨日まではガラガラだった車内が混んでいる。
立っている乗客もいる。
ここで思い出した。きょうから4連休。
さらに、あの「GO TO トラベル」キャンペーンが前日からスタートしていた。
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おそらく乗客は観光客がほとんどだろう。
なぜなら、夜ノ森、大野、双葉といった、
9年ぶりに開業した駅の写真を撮ったり、
車窓の風景を撮影したりする人のなんと多いことか。
夜ノ森ではいったんホームに降りて撮影して、
あやうく置いて行かれそうになっている人も。
前日は浪人しか乗下車しなかった双葉駅でも数人が下りていった。

富岡駅から20分で浪江駅に到着。
下車したのは浪人を含めて3人だけだった。
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<続く>

2020年夏。常磐線そしてフェリー⑥ 夜ノ森の夕べ

双葉駅を出発してから10分後の17時01分。
夜ノ森駅で下車。
下車したのは自分も含めて3人。
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夜ノ森と言えば、桜、そしてつつじの名所!
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駅にもさくらとつつじ
そして富岡町のマスコットキャラクター「とみっぴー」。
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3月に再開した富岡~浪江間で
特急列車が唯一停車しない駅である。
しかし、いい名前だ。
英語にすると「ナイトフォレスト」。
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震災前の駅舎は古色蒼然としていい雰囲気だったらしいが、
新駅の建設で取り壊されたのが残念。
あと、双葉でもそうだったが
街なかをパトカーがやたら巡回していた。

双葉駅と同じく、駅を出ると左手に
9年前から時が止まったままの商店がある。
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双葉ほどではないが、駅を出るとすぐにバリケードにさえぎられる区域も。
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駐車場の車2台も、9年間走行していないはずだ…。
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双葉駅の周辺もそうだったように、
2011年3月11日その当時の風景が。
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夜ノ森のソメイヨシノ開花標準木。
人がいなくなっても桜は毎年咲き続ける。
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北に目を転じれば
桜並木とその先が帰還困難区域。
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夜ノ森の街を歩いているのは、この時間、浪人ひとり。
ただし道路には車が意外と多い。
すると、道路を横断する女性らしき姿が見えた。
この方が、1時間ちょっとの滞在で唯一見かけた歩行者だった。
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9年前の3月11日のあの瞬間まで、
この町には人々の営みがあったのだ。
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14時46分に突如襲った揺れが、この町を一変させた。
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人気がなくなった町には
いくつもの線量計が設置されている。
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7月下旬。桜もつつじも終わってしまっていた。
次は桜の季節に来たい!
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このあたりが、夜ノ森の中心街だったのか。
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本格讃岐うどんの店には行けない。
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この辺りは、この町のショッピングエリアだったのだろう。
その賑わいを、このゴーストタウン状態から想像するのは非常に難しい。
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リフレ富岡のだだっ広い駐車場には、数台の自家用車が止まっていたが…
あれも9年前からあの位置にあるのだな。
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ここの桜並木も見事らしい。
しかし、無情にもバリケードが行く手を遮る。
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そろそろ富岡方面の列車が来る時間だ。
駅に向けて歩き出す。
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ゲーセンの名前があまりにも皮肉だ。
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駅近くで人影を!
いや、見間違いであった。
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桜並木が見事な東口は
浪人が歩いた道は避難指示解除済みだが、
それ以外はバリケードが行く手を遮っていた。
一方、西口はすでに避難指示が解除されていて店舗も営業していた。
この秋にも完成するという駅前ロータリーが工事中だった。
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夜ノ森を18時07分に出て、富岡駅に着いたのは18時12分。
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リュックを預けていた富岡ホテルにチェックイン。
富岡の人たちによって運営される「復興のシンボル」でもある。
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検温も平熱で無事チェックイン。
そしてここを今夜のキャンプ地とする!
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部屋には夜ノ森の桜トンネルを描いた絵が飾られていた。
今度は桜の季節に行ってみたい。
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<続く>