おりえんとびいなす!#1

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かつて、「おりえんとびいなす」という船が日本にいたことをご存知でしょうか?

浪人は名前だけは知っていましたが、
その姿を見たことはありませんでした。

1989年に商船三井客船が日本初のクルーズ専用客船「ふじ丸」を建造し、
同年には昭和海運も「おせあにっくぐれいす」をデビューさせたことで
平成元年は「クルーズ元年」とも呼ばれました。

その翌年(1990年)、日本クルーズ客船が
石川島播磨重工(IHI)東京で建造したのが
「おりえんとびいなす」(2万1884総トン)でした。

なお、日本クルーズ客船とはクルーズ元年の1989年
新日本海フェリー・阪九フェリー・関光汽船などSHKグループが設立したクルーズ船社。
その第1船として登場したのが「おりえんとびいなす」でした。

その妹が1998年、
やはりIHIで産声を上げた「ぱしふぃっくびいなす」。
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姉妹とはいえ
バブル時代に建造された姉と
クルーズ元年の熱気が冷めたのちに造られた妹では
体の大きさもコンセプトも違いました。
ちなみに「ぱしふぃっくびいなす」は2万6518総トン。
姉よりも5000総トン大柄な妹でした。

この妹が登場してから、
姉の影は非常に薄くなります。

妹が世界一周クルーズやZARDのライブなど
派手な活躍をしていくのに対して、
姉のほうはチャータークルーズに使用されることが多くなります。

そして2001年、日本クルーズ客船と商船三井客船は
チャータークルーズ専用の「日本チャータークルーズ(NCC)」を設立。
商船三井客船からは「ふじ丸」
日本クルーズ客船からは「おりえんとびいなす」が
NCCに移籍することとなります。

ところが、クルーズ市場がいまだ成熟していない日本において
チャータークルーズのマーケットは極めて小さなものでした。
チャーターに出されるのは1歳年上の「ふじ丸」がメインで
「おりえんとびいなす」はこちらでも日のあたらない場所にとどめおかれることとなります。

いつしか「おりえんとびなす」は表舞台から姿を消してしまいました。

実は、ずっと国内のドックに係船されていたんですね。
まるで調子はいいのに試合に出してもらえないスポーツ選手のような
不遇の時代が長く続いたのです。

2005年末、「おりえんとびいなす」はギリシャ船主に売船となり
生まれ故郷・日本を離れていくことになりました。

そして2008年からドイツのデルフィン・クルーズが元「おりえんとびいなす」をチャーター。
名前も新たに「デルフィン・ボイジャー」となり、世界一周クルーズの船旅に出ます。

その旅程には、祖国の港もいくつか入っていました。
2月22日広島、23~25日大阪、26日横浜・・・・・

当初の予定ではデルフィン・ボイジャーの横浜のスケジュールは
26日18:00入港/27日18:00出航
となっていました。
浪人は27日の出港を見に行くつもりでした。

さて、25日の晩のことです。
浪人は眠る前にPUNIPさんのブログを何気なくのぞきました。

そこには「おりえんとびいなす」の絵が描かれていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/tim_nakins/58593178.html

そして浪人、次の瞬間
「なぁ~にぃぃいいい・・・・・」
と叫んでしまいます(真夜中なので心の中ででしたが)。

明日、午後4時30分、横浜港にやってくる

って書いてあるではないですか!
あわてて横浜港客船入港情報のHPをのぞいてみると、
昨日まで18:00だった入港時刻が16:30に変更されています。

16:30ならまだ明るい。
しかも金曜日の天気予報は一日中
※雨どころかになりました・・・

こうしてあの「モナリザ」船内見学会以来、
およそ6週間ぶりの横浜大桟橋への訪問は
急きょ1日前倒しになったのでした。



そして2月26日。
15:30に大桟橋にたどりついた浪人の目の前には
ベイブリッジをすでにくぐり終えたデルフィン・ボイジャーの姿が。
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浪人、ダッシュで桟橋の先端へ。

どうやら赤レンガ倉庫側のバースに停泊するようで、
タグボートに押されつつゆっくりと大桟橋の先端の前を通過。
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そして回頭します。
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タグボートが向こう側に姿を消したあと、
デルフィン・ボイジャーの背後にロイヤルウイングが現れました。
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WEBクルーズニュースによると同船は売船後に改造され、
客室150室とダイニング・ルームを増設し、約2000トン増加している、とのこと。
おりえんとびいなす時代に比べてちょっと太めになったようです。
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平日の午後、しかも空は厚い雲に覆われ、時おり小雨がぱらつく肌寒い日にもかかわらず、
おりえんとびいなす時代を懐かしむ人もいらっしゃるのでしょう、
カメラを持った人たちが少なからず彼女を撮影していました。
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後ろ向きに大桟橋に接岸しようとするデルフィン・ボイジャー。
彼女にとって「おりえんとびいなす」だった2002年以来7年ぶりの横浜凱旋です。
今回は世界一周という晴れ舞台でもあり、
どことなく誇らしげに見えたのは浪人だけか?
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(つづく)

この記事へのコメント

toshi@maru
2009年03月02日 19:17
ご無沙汰してます「おりびい」懐かしいですね、出来てまもなくワンナイトクルーズで乗りました♪

当時は古い船を目当てに乗っていたので新造船に乗ってワクワクでした、当時の日本ではクルーズと言っても研修船としての運用も多く両方満足させるには苦労が多かったと思います。

現在は本格的クルーズ船としてグレードアップされて活躍しているようですね(^^)v

新書版購入しました!読破中です・・・・☆
超級!世界の浪人
2009年03月04日 18:10
toshi@maruさん
こちらの浪人ブログでは初めまして、ですよね?

おりえんとびいなす、乗られたんですか!
浪人も現役中に乗っとけばよかった、といまさら思います。

それから拙著ご購入、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

浪人from長崎
oyazisan
2009年05月05日 00:30
オリエントビーナス乗りました。もー数十年前、はじめてのクルーズで中国に行きました。本当に忘れることの出来ない航海でした。2004年 P何とかと言う船で世界一周したのですが、雲泥の差でした。今度は{ぱしふぃっくびなすでぐるりと回りたいものです) http://oyazisan.blog.shinobi.jp/今こんなブログやってます。
超級!世界の浪人
2009年05月08日 18:50
>oyazisanさん
初めまして。
ご訪問、そしてコメントありがとうございます。
「おりえんとびいなす」乗られたんですね。
うらやましい限りです。
「ぱしふぃっくびいなす」もよく撮影するんですが
実際に乗船したことはありません。
いつか乗ってみたいと思います。

ブログも拝見させていただきました。
自転車の旅もいいですよね。
フェリーに乗せて、
下船後はツーリングというのも
素敵な旅のスタイルです。

今後ともよろしくお願いします。
mametarou
2018年04月07日 20:02
懐かしいですね。
25年ほど前になりますがこの船で晴海を出港し台湾基隆、台湾高雄、香港、晴海と15日間かけて回ってきました。
乗船カードは大事に保管してあります

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