にっぽんの夏、船旅の夏⑥ そして横浜(すべての客船に向けてエール)

そろそろベイブリッジに向けて針路をとる。
DSCN7725.JPG
その直前、1隻の船がこちらに近づいてくる。
DSCN7727.JPG
飛鳥Ⅱとの遭遇☆
DSCN7735.JPG
ご安航を祈る。
DSCN7737.JPG
さあ、くぐるぞ。
DSCN7739.JPG
無事通過~
DSCN7745.JPG
ベイブリッジをくぐれば、そこはヨコハマ。
DSCN7752.JPG
久しぶりのダイヤモンド・プリンセス。
シーウイッチ塗装が施されてからは、初めての遭遇。
なんだかんだ言っても、やっぱり客船が浪人の性に合っているよ・・・。
DSCN7749.JPG
大さん橋が迫ってくると、船旅の終焉が近づく。
DSCN7756.JPG
AM11:20、濃密な3日間の旅が終わった。
DSCN7763.JPG


あれからちょうど3年が経過した。
先週末、用事が出来て横浜に向かった。
3月末に仕事で訪れて以来、4か月ぶりの横浜である。

用事が済んだころ、雨雲をかき分けるように
ほんのわずかではあるが陽光が差し始めた。

そうだ、横浜港、行こう。

桜木町駅にいた浪人は、何かに突き動かされるように
汽車道を進み、そして左折した。

横浜ハンマーヘッド。
そしてそこに停泊しているのは、にっぽん丸。
DSCN2669.JPG
3年前の夏の八戸~大洗~横浜2泊3日クルーズから乗船する機会がないが、
こうして間近で見るのも久しぶりのような気がする。
DSCN2668.JPG
実は浪人にとって、横浜港そして客船を見ることが5か月ぶりのことであった。
2月15日。
横浜大さん橋を神戸に向けて出港するオーシャンドリームを見送り、
ベイブリッジの真下にある大黒ふ頭に停泊を余儀なくされるダイヤモンド・プリンセス、
そして病棟と化した船のレスキューにあたる自衛隊員の宿泊施設となったシルバークィーン(シルバーフェリー)を
「くじらのせなか」から遠望したあの日である。
DSCF4683.JPG

横浜ハンマーヘッドにある新港ふ頭客船ターミナルに初めて入る。
DSCN2674.JPG
横浜ハンマーヘッドの開業が昨年の10月31日、
そして新港ふ頭客船ターミナルに初めて客船が入港したのが、その4日後。
その客船の名はダイヤモンド・プリンセスであった。

浪人はこの期間、首都圏を離れていたために
その入港シーンをこの目で見ることはできなかった。

供用開始からすでに8か月半、ようやく浪人はここにやってきた。
もともとは2月15日に、「ウェステルダム」がここに寄港する予定だったので
大さん橋のオーシャンドリームとあわせて見に行こうと考えていた。
しかし、日本政府の入港拒否にあったため、その計画は水泡に帰した。

まずは1階のインフォメーションカウンターへ。
DSCN2704.JPG
ユニークなポスターが、いまはかえって哀愁を誘う。
DSCN2705.JPG
CIQホール。ここが再び利用されるようになるのは、いつになるのだろうか。
DSCN2707.JPG

2階のハンマーヘッドデッキに出てみた。
DSCN2676.JPG
いまのところ、9月下旬まで大海原に漕ぎ出す予定がない船にとって
「ネズミ返し」は大切なアイテムである。
ネズミ除けだけあって、そこに描かれているのは
DSCN2696.JPG
DSCN2698.JPG
コロナ禍でステイホームを余儀なくされているのは人間だけじゃない。
そんな逆境の中でも、気品を失わず、凛とたたずんでいるように思える。
DSCN2691.JPG
さすが「にっぽん丸」、名船の矜持を捨ててはいない。
DSCN2679.JPG
ハンマーヘッドの由来となった英国製50tジャイアント・カンチレバークレーンと「にっぽん丸」。
DSCN2681.JPG
「にっぽん丸」停泊サイドの反対側には、海王丸が見えた。
そしてその向こうには「二引き」のファンネルも。
DSCN2684.JPG

横浜ハンマーヘッドから赤レンガ倉庫まで歩いてみよう。
DSCN2701.JPG
かつて、遠く外国へとつながっていた旧横浜港駅プラットホーム。
DSCN2725.JPG
DSCN2730.JPG
横浜ハンマーヘッドにあったCIQホール、
かつてはここにあったと言えよう。
DSCN2731.JPG
DSCN2732.JPG
多くの人々の夢とあこがれを運んだ鉄道駅のプラットホームから、いまは飛鳥Ⅱが見える。
DSCN2721.JPG
本来ならば、いまごろは世界一周クルーズから戻ってきているはずだったが、
今年は大航海もできず、春からずっとここに停泊を強いられている。
DSCN2734.JPG
不遇の真っただ中にいる飛鳥Ⅱ。
停泊中に火災が起こるという不運な出来事も重なった。
しかし、その漂わせる気品は全く失われていない。
DSCN2727.JPG
飛鳥Ⅱに掲げられていた、力強いスローガン。
DSCN2739.JPG
がんばろう、日本の客船。
そしてダイヤモンド・プリンセスなどすべての外国客船。
再び横浜港が、3年前のあの夏の日のような賑わいを取り戻すまで。


<にっぽんの夏、船旅の夏:完>

にっぽんの夏、船旅の夏⑤ 東京湾エキサイティングクルーズ!(さよならセブンアイランド虹)

クルーズ最終日の朝。
あ~あ、下りたくねぇなぁー!DSCN7623.JPG
朝食はきょうも春日だぁ~
DSCN7626.JPG
朝食を楽しんでいる間に、東京湾に入った。
DSCN7629.JPG
和室の丸窓からマルエーフェリーの「琉球エキスプレス3」を。
残念ながら旅客は扱わない船だ。
DSCN7635.JPG
東海汽船のセブンアイランド虹とすれ違い。
DSCN7640.JPG
この7月16日(つまりこのブログを書いている前日)、
東京竹芝の出港をもって退役した。お疲れさまでした。

その後に掃海艇?
このあと、この手の船が次々と現れる。
DSCN7642.JPG
605の次は604
DSCN7646.JPG
605が685?を追い越した!
DSCN7648.JPG
このジャンルの船のことは全くわからないので、
表現も語彙力不足が露呈してしまう。

左舷側にばかり気を取られているうちに、右舷側には房総半島。
DSCN7650.JPG
この年3月の飛鳥Ⅱクルーズに引き続き、またもやサブマリーンと遭遇!
しかし俺が本当に見たいのは黄色い潜水艦なんや~。
DSCN7664.JPG

にっぽん丸GMの解説とともに東京湾を航く。
DSCN7671.JPG
サブマリーンの次には464。
大洗では戦車(女子高生が操るヤツ)、東京湾では艦船か・・・。
DSCN7684.JPG
そしてなんだかお空も騒がしい。
DSCN7683.JPG
DSCN7701.JPG
右舷側に第二海堡、その背後にはベイブリッジ。
ゴールは近い。
DSCN7706.JPG
別のアングルから眺めた第二海堡。
DSCN7718.JPG
朝からなかなかエキサイティングな東京湾クルーズを終え、
プールサイドにてショコリキサーで一息入れることに。
DSCN7720.JPG

<つづく>

にっぽんの夏、船旅の夏④ 水戸黄門からタッチまで

港を出た周遊バスに乗って
大洗磯前神社の鳥居を拝む。
大洗海岸の岩礁に立つ、
なんとも荒々しくも神々しい鳥居だ。
DSCF4271.JPG

さて、
大洗漁協直営のこの店の生しらす丼は絶品である。
DSCF4283.JPG
これがその生しらす丼である。
ごちそうさまでした。
DSCF4281.JPG

生しらす丼を美味しくいただいたあと、
港に戻るバスの到着まで時間があったので、漁港の市場を散策。
お魚天国というよりもガルパン天国と化している・・・
DSCF4290.JPG
大洗土産もガルパン化が進む。
DSCF4292.JPG
にっぽん丸ののぼりが立っているところが今日限定のバス停。
生しらす丼を食べている間に、「さんふらわあさっぽろ」(先代)が大洗に入港していた。
DSCF4293.JPG

周遊バスで大洗リゾートアウトレットで下車。
実はここに来る4日前、このアウトレットモールが一時閉店し、来週リニューアルオープンするという報道が!
2006年、船内誌「さんふらわあ」の取材でここにやってきたときは、オープンしたばかりでにぎわっていたが・・・
いまや(2017年7月上旬現在)ほとんど店舗もなく、閑古鳥が鳴いていた。
このアングルの写真は訪問のたびに撮っているが、心なしかうらぶれた感じがする。
DSCF4302.JPG
※2018年4月27日にオープンモール形式のショッピングセンター「大洗シーサイドステーション」としてグランドオープン

2014年1月、「フェリーズ」の取材で訪れて以来の再訪。
ギャラリーはまだ健在だった。
DSCF4296.JPG
2011年3月11日の大洗の様子を写した写真パネルが並ぶ。
DSCF4297.JPG
さんふらわあや、今朝にっぽん丸が入港した港が恐ろしいことになっている。
DSCF4298.JPG
フェリーターミナルが、いつもとはまったく違う世界に
DSCF4300.JPG
さんふらわあの船体が描かれていた。
リニューアル後も残してほしいギャラリーだ。
DSCF4301.JPG

アウトレットモールは、大洗港に来るフェリーと客船の絶好の撮影スポットでもある。
DSCF4310.JPG
アウトレットモールのすぐそばにある、ガルパンクレープ屋。
DSCF4304.JPG
かつてアウトレットモールにあったガルパンギャラリーは、となりの市場で元気に営業中!
それにしてもこの痛車は(汗)
DSCF4312.JPG
勇気を出して中に入ってみた・・・
すごい世界が広がっているよw
DSCF4313.JPG

ガルパンギャラリーから船に戻る。
まもなく出港。
大洗高校マーチングバンドのリハーサルの模様をしばし見学。
DSCN7551.JPG
そこに乱入したのは日光仮面!栃木県代表
DSCN7554.JPG
そしてもう1匹、様子のおかしいのが・・・
DSCN7561.JPG

さて、そろそろ出港だべ。
DSCN7571.JPG
一糸乱れぬ大洗高校マーチングバンドが演奏するのは「人生楽ありゃ苦もあるさ♪」。
さすが水戸黄門のお膝元。
DSCN7578.JPG
ゆるキャラも入り乱れての出港お見送り。
DSCN7582.JPG
さらば大洗!
DSCN7592.JPG
そしてさらば「さんふらわあ さっぽろ」(先代)!
本来ならクルーズ最新号が発売された2017年8月28日に引退のハズだったが・・・
新造船のデビュー遅れで、延命。
DSCN7606.JPG

大洗の幼稚園児から送られた「にっぽん丸」の絵がインフォメーションの前に飾られていた。
DSCN7615.JPG
子どもたちがつくってくれたお守りに、あのゆるキャラ「アライッペ」が!
DSCN7620.JPG

生「タッチ」を聴いてから眠る💤
DSCN7618.JPG

<つづく>

にっぽんの夏、船旅の夏③ クルーズ船で聖地巡礼IN大洗!?

乗船2日目。
朝食はダイニングルーム春日にて。
DSCN7420.JPG
にっぽん丸の朝食!
DSCN7422.JPG

そうこうしているうちに、
船は茨城県大洗港に近づく。
DSCN7425.JPG
いつもは「さんふらわあ」で入港する大洗。
いつもと違う船、そしてバースに接岸するということで、なんだか変な気分ではある。
DSCN7430.JPG
とにもかくにも、Welcome OARAI!
DSCN7436.JPG

船に怪しげなヤツが近づいてくるぞ・・・!
DSCN7442.JPG
赤い彗星ならぬ、赤い明太子博士も
DSCN7448.JPG
なんだこの天下の副将軍納豆さまは!?
DSCN7451.JPG
赤いきつねならぬ青いキツネも
DSCN7456.JPG
茨城県を代表するゆるキャラたちが大洗港に勢ぞろい。
乗客の下船をお出迎えする。
DSCN7463.JPG

見られそうで、なかなか見られない
大洗マリンタワーと、にっぽん丸のツーショット。
DSCN7465.JPG
ツアーバスが続々出発。
遠くは日光東照宮まで足を伸ばすツアーも。
DSCN7468.JPG

浪人は6000円の大洗半日ツアーに参加。
最初の訪問地は、港から徒歩でも行ける大洗マリンタワー。
ここの展望台にのぼるのはちょうど10年ぶり(2007年以来)だ。
DSCN7473.JPG
10年前にはなかったマリンタワー内の喫茶。
ガルパン=ガールズ&パンツァーは大洗を舞台としたアニメ。
聖地巡礼のファンたちが集う喫茶らしい。
もちろん10年前にはなかった。
なお「パンツァーフォー」はドイツ語で、邦訳すれば「戦車前進!」みたいな感じ。
DSCN7474.JPG
10年ぶりの展望台。
もちろん10年前にこんなボードはなかった・・・
DSCN7477.JPG
展望台から眺める「にっぽん丸」
DSCN7479.JPG
観光ボランティアの方が、2011年3月11日における大洗の津波被害を当時の写真を見せながら解説。
で、このあと「ガルパン」についても熱のこもった解説をw
DSCN7484.JPG
解説に耳を傾けつつ、
にっぽん丸とガルパンのツーショットを
DSCN7485.JPG
1階に下りてきた。
もちろん10年前にこのようなものはなかった。
DSCN7488.JPG

次の訪問地は大洗磯前神社・・・だが
ここ神社なのか!?
DSCN7492.JPG
聖地巡礼のファンが押し寄せ、絵馬を大量に奉納。
神社では絵馬掛けを増設中とのこと。
DSCN7498.JPG
神社の次は「大洗町 幕末と明治の博物館」。
DSCN7507.JPG
館内は撮影禁止だが、ここだけは撮影OK!
って、ここもガルパンにジャックされとるw
DSCN7505.JPG
最後のスポットが、港に近い「めんたいパーク」。
2010年1月に、船内誌「さんふらわあ」最終号の取材で訪問したことがある。
DSCN7520.JPG
取材の1年後、あの東日本大震災が起きた。
DSCN7521.JPG
めんたいパークも津波の被害を受けた。
DSCN7522.JPG
あれから6年、こうしてクルーズで「めんたいパーク」を再訪。
パーク内も多くの観光客でにぎわっていた。
DSCN7512.JPG
そして乗客限定で、このような戦利品をゲット☆
DSCN7523.JPG

ツアーは正午過ぎで終了。
港に戻ってきた。
こちらがクルーズ誌に寄稿した「にっぽん丸」レポートとびら写真の
反対サイドから撮影したもの。
DSCF4264.JPG
とびらに使用された画像はこっち。
DSCF4265.JPG
ツアー参加者のほとんどは、船内のレストランで昼食。
浪人は、クルーズ船が寄港した際に運行される周遊バスを利用して、大洗漁港へ向かう。
DSCF4254.JPG
DSCF4266.JPG

<つづく>

にっぽんの夏、船旅の夏② 三陸沖をのんびりクルージング

ここを2泊3日のキャンプ地とする!DSCF4248.JPG
キャンプ地にあったチョコレート。
DSCF4250.JPG

14:00、八戸出港
DSCN7334.JPG
横断幕にある南部なまりは、浪人にはわからない。
と思ったら、NHK語訳があった!
DSCN7340.JPG
八戸市マスコットキャラクター「いかずきんズ」の「こうみちゃん」がお見送り。
この日は八戸にしては猛暑。
中の人は大変だったろう・・・。
DSCN7335.JPG
かくして横浜までの船旅がスタートした。
DSCN7342.JPG

乗船そうそう、ブリッジ見学へGO!
DSCN7355.JPG
八戸にいるときは、ピーカンで暑かったのだが、
海上に出ると薄曇りになり、少々しのぎやすくなった。
DSCN7356.JPG
この船のブリッジ見学は、2009年7月の乗船以来、8年ぶりのこと。
DSCN7357.JPG
DSCN7359.JPG
DSCN7362.JPG
DSCN7365.JPG
このブログを書いているのは2020年。
今年でこの船は30周年。
DSCN7368.JPG
なお、ブログ上で進行しているストーリーは
2017年7月のこと。
パラレルワールドになっていて、少し頭が混乱する。
DSCN7370.JPG

ブリッジにいたる通路に飾ってあった絵画①
DSCN7374.JPG
ブリッジにいたる通路に飾ってあった絵画②
DSCN7375.JPG
ブリッジにいたる通路に飾ってあった絵画③
DSCN7376.JPG

ブリッジ見学のあとのティータイム。
DSCN7377.JPG
和室の丸窓がなんだか落ち着く。
DSCN7378.JPG
とにかく丸窓が素敵な船だ。
DSCN7379.JPG
デッキ散策でファンネルを撮影。
DSCN7380.JPG
明日の寄港地オプショナルツアーの空席状況。
この直後、全ツアー満員御礼となる。
DSCN7385.JPG

インフォメーションカウンターにディスプレイされていた「あるぜんちな丸」。
DSCN7386.JPG
「白いにっぽん丸」
DSCN7387.JPG
「現在のにっぽん丸」
DSCN7388.JPG
浪人は「白い時代」に乗ったのが2009年7月の横浜⇒神戸ワンナイトクルーズが最後。
2010年に現在のものにリニューアルされ、横浜大さん橋停泊時に船内見学したのだが、
乗船は2016年3月が初めて。
それ以来のにっぽん丸乗船となる。

そしてなぜだか見覚えのあるヤツ・・・
DSCN7401.JPG

それにしても太平洋はベタ凪の船旅日和。
DSCN7394.JPG
ギラギラした太陽もおとなしくなり、サンセット鑑賞にも最適だ。
DSCN7398.JPG
DSCN7399.JPG

日が沈んだ後は、星空観察会。
月が明るすぎて、☆があまりよく見えないという皮肉。
DSCN7409.JPG
22:25。
八戸出港から8時間半で、まだ宮城県の金華山にも達していない。
新幹線にはないこの「のろさ」が船旅の魅力だ。
DSCN7412.JPG

<つづく>

にっぽんの夏、船旅の夏① ウミネコの島へ

ちょうど3年前のきょう(7月13日)、
ひとつの船旅が終わった。

わずか2泊3日であったが、
非常に濃密な時間が流れ、
思い出深い旅として記憶に刻まれている。

浪人ブログでは未公開だった3年前の3日間の船旅、
きょうからそのヴェールを脱ぐ。


7月11日。
東京駅に向かうため自宅を出たのはAM5:40。
お隣の庭ではノラネコが惰眠をむさぼっていた…。
DSCF4185.JPG
AM6:32東京発の新幹線で北を目指す!
DSCF4187.JPG
函館までは行かず、八戸で新幹線を下車。
そしてエアコンのないローカル列車に乗り換え。
にしても、八戸まで3時間以内で到着できるとは
日本列島も狭くなったものだ。
DSCF4188.JPG

なんだか物騒な名前の駅で下車。
DSCF4190.JPG
駅の前にジョーズみたいのおるし・・・
DSCF4233.JPG
とりあえず歩き出す。
DSCF4194.JPG
まさにこの赤い矢印の通り歩く。
DSCF4191.JPG

蕪嶋神社に到着。
しかし神社には行けない。
なぜだ?
DSCF4204.JPG
なぜなら火災にあって焼失したからだ…。
DSCF4196.JPG
それにしても、これはなかなか魅力的なお守りを売ってるものだ。
DSCF4199.JPG
※蕪嶋神社は約5年の歳月を経て再建。2020年3月26日の例大祭に合わせて一般参拝が可能となった。
https://visithachinohe.com/spot/kabushima-jinja/

浪人がここに来たのは、こいつらに会いに来たから。
DSCF4205.JPG
ものすごい大群!
しかしこれでもピーク時に比べれば、まだまだとか。
サメはいないが、ウミネコはごまんといる。
なぜならここはウミネコの繁殖地。
DSCF4224.JPG
ネコは猫でも、ノラではない。
立派な海のネコだ。
DSCF4209.JPG
しばらくウミネコの写真を撮りまわっていたが、
奴らのフン爆弾の猛威にさらされ、観光案内所という名の防空壕に避難。
硝子越しにウミネコを観察する。
DSCF4227.JPG
観光案内所にて。
八戸も2011年3月11日には甚大な被害を受けた。
DSCF4225.JPG
ウミネコ観察終了。
そろそろシャーク・ステーションに戻る。
DSCF4228.JPG

みちのく潮風トレイルは、ここから福島県相馬まで700キロにわたる海岸沿いの道。
DSCF4230.JPG
みちのく潮風トレイルとは
DSCF4207.JPG
ここから相馬まで全踏破はきついが、何度か分けてチャレンジしてみたい気はする。
DSCF4208.JPG

鮫駅から八戸までのローカル線も「うみねこ」。
DSCF4235.JPG
駅名標もこんな感じ。
DSCF4236.JPG

八戸駅に戻ってきた。
DSCF4245.JPG
八戸駅でランチ。
いちご煮という郷土料理を食す。
いちご煮といいながら、イチゴは見あたらない。
DSCF4241.JPG
※この不思議な名前には、なかなかロマンチックな由来があるという
https://mi-journey.jp/foodie/17948/

レストランから眺める八戸駅前。
ここからタクシーに乗って八戸港へ向かう。
DSCF4239.JPG

<つづく>

日本周遊はフェリーdeクルーズの時代、か?

クルーズプラネットから、このような商品が発表された。

豪華フェリーを乗り継いで巡る
【スイートフェア】人気添乗員の嶋田亜希子と行く
瀬戸内海ナイトクルーズと京都から北海道を巡る日本列島縦断の旅8日間

https://www.cruiseplanet.co.jp/tour?id=7806

詳細はサイトのほうをじっくり見ていただきたいが、
要点は以下の通りだ。
〇東京(羽田)発 名古屋着
〇2020年9月6日発の8日間ツアー
※北九州発3日間・8日間、京都発6日間プランあり
〇せっつ(阪九フェリー)/はまなす(新日本海フェリー)/いしかり(太平洋フェリー)を乗り継ぐ
〇各フェリーのハイグレードキャビン利用
〇京都・小樽・洞爺での陸上泊3日あり
〇お値段なんと33万円
〇最大催行人数18名
map_fer_200906_2.gif
△クルーズプラネットHPより

このブログを更新している7月10日、
「Go To トラベル」キャンペーンの7月22日開始が決まった。

時事によると
当初は8月上旬の開始を見込んでいたが、前倒しする。
予約済みの旅行もキャンペーンの補助対象とする。
同事業は、旅行額のうち35%を代金の割引、15%を旅行先での買い物などに使えるクーポンとして補助する。
このうち、旅行代金の割引については22日から適用する。
クーポンは不正利用防止などの対策に時間がかかるため、9月以降に導入する。

とある。

なので33万円はちょっと、という人も
ゴートートラベルの恩恵を受ければ
お財布が助かるはずだ。

まあ、浪人的にはコロナ感染者数が拡大傾向にある時期
さらに、豪雨が九州から中日本まで襲っている現状で
このようなキャンペーンをぶち上げるのもいかがなものか、とは思うが。


実は、このようなフェリー乗り継ぎで日本周遊企画、
クルーズプラネットだけではない。

山陽地方向けではあるが読売旅行でも似たような商品が発売されていた。
【広島駅/福山駅/岡山駅発着】日本一周クルーズフェリーの旅9日間

https://www.yomiuri-ryokou.co.jp/kokunai/detail.aspx?id=19018306

こちらも詳細はサイトを見ていただきたいが、
要点をまとめると以下のようになる。
〇広島駅/福山駅/岡山駅発着8泊9日
〇2020年9月7日発
〇敦賀⇒苫小牧東(新日本海フェリー)/仙台⇒名古屋(太平洋フェリー)/大阪⇒志布志(フェリーさんふらわあ)乗り継ぎ
〇いずれもハイグレードキャビン利用
〇2~5泊目は北海道、8泊目は霧島温泉と陸上泊
〇お値段なんと22万円
〇最少催行人員20名

こちらもゴートートラベルを活用すれば
かなりのお値打ち価格になるはずだ。

以上2商品は、現在浪人が知りうるものであり、
もしかしたら他にもいろいろ発表されているかもしれない。

以前にも、フェリーを乗り継いだ日本周遊ツアーというのは存在した。
しかしここにきて、こうした商品が相次いで発表されるのは
いろんな要因があるだろう。

〇コロナ禍で大打撃を受けた旅行会社がゴートートラベルとの相乗効果を狙う
〇ダイヤモンド・プリンセスの一件でイメージが悪化したクルーズ客船に代わる商品を打ち出したい

まず思いつくのは上の二つ。
外国客船の日本発着クルーズの年内再開が極めて難しく
日本客船の国内クルーズも秋からリスタートできるかどうか不透明
という状況の中、新たな希望を見いだせるのが
フェリーdeクルーズという古くて新しいカタチの船旅だ。

古くて、と表記したのは
すでに浪人がこの旅行を『クルーズ』誌や『フェリーズ』誌で提唱し、
実際にフェリーを乗り継いで北は北海道から南は沖縄まで
先に紹介した2つのツアーよりもはるかにリーズナブルに何度も実施してきたからだ。

クルーズプラネットのツアーも浪人だったら
羽田から北九州にビューンと飛ぶんじゃなくて
7月1日から旅客取り扱いを再開したオーシャン東九フェリーで2泊3日かけて行くところ。

読売旅行のツアーも
志布志から鹿児島に移動し、
マルエーフェリーまたはマリックスラインで
那覇までトロピカル航路満喫をプラスするだろう。


だが、めでたく「フェリーdeクルーズ時代の到来だ!」と
手放しで喜ぶわけには残念ながらいかない。

というのも、ウィズコロナのフェリー旅は
以前とはかなり様相を異にしているためだ。

●ショーやイベントの中止
●サウナ使用不可
●アミューズメントコーナーやキッズコーナー、スポーツジム使用不可
●バイキングスタイルの食事提供見合わせ
などなど、これまでフェリー旅のだいご味や楽しみとして挙げられてきたことが
ことごとくできない。

9月に入って、これらが以前のように解禁されていれば問題はないが
新型コロナウィルスの感染拡大状況を見ている限り
それはちょっと厳しいのかもしれない。

つまり、秋の日本周遊フェリーdeクルーズにおいては
フェリー旅の楽しみが半減とまではいわなくとも
かなり味わえなくなっているといえるだろう。

これでは浪人が提唱してきた
真のフェリーdeクルーズのカタチには程遠い。

まあ、こうしたフェリー乗り継ぎ企画がどんどん生み出されることは歓迎すべきことだし、
何もせずのんびり洋上生活を送りたいという人には
「2020年型フェリーdeクルーズ」であっても
充分にぜいたくな旅のスタイルではある。

浪人としては「2020年型」という表現だけは
一日も早く取り去って
以前のような船旅がしたいだけである。


2021年の東京発着クルーズ

先週末、HISの新宿本社にお邪魔した。
DSCF6352.JPG
前回の浪人ブログでコスタ・ビクトリアの解体について触れたが、
2013年5月に同船をチャーターした日本一周クルーズは
HISとクルーズプラネットの共同企画であった。

このクルーズの直前、浪人は取材の打ち合わせで、
このビルの上の階にあるクルーズラウンジに
初めて足を踏み入れた。

1階にある旅行会社フロアとは明らかに雰囲気が異なり
いかにもクルーズのお客様のための
かなりラグジュアリー感の漂う空間だった記憶がある。


もちろん、コロナ禍真っただ中のいまは
旅行会社も閑古鳥が鳴いている。

と思ったら、日曜日ということと
6月19日に移動自粛解除があったものだから
思った以上にお客さんがいる。
カウンターでも行列ができていたが
ソーシャルディスタンスを確保するためスタッフが
「番号札をおとりになって、順番が来たらお呼びします」と
お客さんに並ばないように呼びかけていた。

自粛解除を受けて国内
それも北海道や沖縄に行こうという人が多い。

あと、夏休みに海外旅行に行きたいと相談する方もいたが
スタッフから「飛行機がでるかどうか私どもにもわかりません」と
言外に渡航をやめるように言われていた。
まだまだ海外旅行は厳しいようだ。

浪人が調べたかったのは、将来のクルーズ販売についてだ。
煤路tクルーズプラネットでは、
このようなクルーズを販売しているとのこと。
来年4月に東京の新クルーズターミナル発着2本立て。
使用船はクァンタム・オブ・ザ・シーズ。
DSCF6359.JPG
6.5万円!安い!!と思った人は裏も見よう。
他に諸税がいろいろかかって、それらだけでも6万円ほど。
つまり、実質のお値段は13万円くらいなのだ。
DSCF6360.JPG
それはともかくとして、
来春、日本周遊クルーズは本当にできるのだろうか?
外国船は日本発着クルーズの際、
少なくとも1つは海外寄港地を入れなければならないが
(2本とも韓国の釜山がそれに該当する)
そのとき、韓国は以前のように受け入れが可能になっているだろうか??

東京の新国際クルーズターミナル、
本来であればこの7月14日に開業するはずだった。
クァンタム・オブ・ザ・シーズと同じ
ロイヤルカリビアン・インターナショナル所属の
スペクトラム・オブ・ザ・シーズを迎え入れて。
DSCF4186.JPG
しかしコロナ禍のためオープンを今年9月に延期。
スペクトラム・オブ・ザ・シーズの入港もクルーズも中止となっている。

浪人のあくまでも個人的な意見であるが、
外国客船による日本発着クルーズは
少なくとも2020年内は無理であろう。
2021年もかなり疑問符が付く。

そこで、日本周遊の新しいクルーズのカタチが生まれてきた。
それについては次号で。

コスタ・ビクトリア、解体へ

7月に入り、海外からショッキングなニュースが入ってきた。

7月3日付のWebクルーズニュースから。
https://www.cruise-mag.com/news.php?obj=20200703_08

海外紙の報道によると、コスタクルーズの「コスタ ビクトリア」(7万5166トン)が解体される。
同船はすでにイタリアのサン・ジョルジオ・デル・ポルト造船所の子会社に所有権が移り、解体を待っている。

既報のとおり、コスタの親会社であるカーニバル社は、
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたため、
90日以内に6隻の船を撤去する計画を立てていると述べた
https://www.cruise-mag.com/news.php?obj=20200619_04)。
今回の同船の解体はそのうちの1隻に当たる。


その翌日、「コスタ・ビクトリア、イタリア・ピオンビーノで解体か」という記事が。
https://funeco.jp/news/news-15684/

イタリア・ピオンビーノのフランチェスコ・フェラーリ市長は2020年6月23日(火)、自身のfacebookに、コスタ・クルーズの客船「コスタ・ビクトリア」が解体のためにピオンビーノ港に到着していると投稿した。
<中略>
「コスタ・ビクトリア」は、1996年からコスタ・クルーズで運航されているクルーズ客船で、
総トン数は75,166トン、全長は252.9メートル。
2012年から2017年にかけては、アジアに配船されていたこともあり、
毎年日本の港湾に寄港していた。


浪人はこのコスタ・ビクトリアには船内見学で1度(2012年ごろだった記憶がある)
そして2013年5月にHIS&クルーズプラネット共同チャーターの日本一周クルーズ
さらに2016年8月には日本海周遊クルーズの金沢発着に一家で乗船するなど
https://rohnin1966.at.webry.info/201610/index.html
かなり思い出深い船であった。
コスタビクトリア金沢発着C 021.JPG
なかでも2013年の日本一周に関しては
同年に乗船レポートを浪人ブログに書き始めたものの、
思わぬ案件ラッシュの嵐の前に中断。
この5月に「6年7か月ぶり」に執筆を再開し
連載全41回をもって完結させたばかりであった。
https://rohnin1966.at.webry.info/202005/index.html

この5月といえば、緊急事態宣言が発出された影響で
浪人の執筆作業も余裕ができたころ。
ふと何かに突き動かされるように
コスタ・ビクトリアの日本一周クルーズ乗船記を
長い空白があるにもかかわらず再開させた。

もしかしたら虫の知らせだったのかもしれない。

それにしても売船ではなく解体とは。
コロナ禍は、また大切な船を浪人から奪ってしまった。
DSCF4507.JPG


銀河客船2017、日本海をゆく⑧ さらば銀河客船

いまは鉄道資料館となっている
復元された敦賀港駅舎をあとにして
浪人は歩き出す。

そしてやってきたのが、ここ。
敦賀駅と敦賀港駅をつなぐレールの上だ。
DSCN8715.JPG
この敦賀港線こそが、新橋と敦賀港
さらにウラジオストク、モスクワ、パリへと至る
欧亜国際連絡列車のかすかな名残である。

欧亜国際連絡列車が走っていた時代、
敦賀港駅は金ヶ崎駅という名前だった。
駅舎のあった裏手には南北朝時代や戦国時代の古戦場だった
金ヶ崎城の跡がある。
とにかく歴史の香りが濃厚なエリアだ。

ただ、欧州への渡航客のにぎわいは
みじんも感じることができない。

少し歩くと、ランプ小屋がある。
10年前(2007年)にここを訪れたときは
内部に入ることができなかったが、
この日は中を見ることができるという。
DSCN8717.JPG
DSCN8718.JPG
金ヶ崎駅は1882(明治15)年に開業した。
DSCN8721.JPG
2017年から125年前も昔の話である。
DSCN8726.JPG
欧州への洋行客も、自由を求めて逃れてきたユダヤ人たちも
このすぐそばを通り過ぎて行ったはずだ。
DSCN8727.JPG
国際港だった当時の敦賀を示す絵と写真も掲示されている。
DSCN8729.JPG
DSCN8728.JPG
欧亜国際連絡列車、華やかなりし時代の空気を
わずかではあるが感じ取ることはできたかもしれない。

この1年半後の2019年4月1日。
浪人が訪れた当時は、まだ現役の貨物線だった敦賀港線2.7キロは廃止された。
パリへとつながる鉄路は、そのかすかな香りも消えた。


再び赤レンガ倉庫に戻り、
その屋内で敦賀港のジオラマを見学した。
DSCN8739.JPG
ウラジオストクに向けて出港する船と
波止場で見送る人々の間にテープが舞う。
DSCN8747.JPG
当時の地図もあって、その殷賑ぶりをしのぶことができる。
DSCN8746.JPG
この時代、日本海は世界と日本をつなぐ海だったのだ。
DSCN8752.JPG

赤レンガ倉庫を出ると、すでに正午。
市内を周遊するバスの停留所を見て、はっとする。
DSCN8692.JPG
そして金ヶ崎緑地のバス停にも。
DSCN8753.JPG
すべて銀河鉄道999の世界だった。
鉄道ではなく、バスになっていたが。

このバスに乗ってみたかったが、
時間が合わなかったので歩いて市内に出る。
北九州から隠岐を経由してここまで浪人を乗せた客船が見える。
市街地からはかなり離れた場所に停泊しているはずだが、
1日限りの白亜のお城が出現したかのようだ。
DSCN8767.JPG
浪人にとって、ここはもう何度もやってきた
ある意味「なじみのある」港町である。
お昼ご飯をとる店ももう決めてあった。
DSCN8777.JPG
ちょうど3連休中ということもあり、かなり混んでいたが
行列に並んで、ようやく名物のソースカツ丼にありついた。
DSCN8775.JPG
店名には「ヨーロッパ」、
そして駐車場にはロシア語。
欧亜国際連絡列車の芳香が
ソースカツ丼のにおいとまじりあって鼻腔をさらに刺激した。
DSCN8776.JPG

食後、10年ぶりに敦賀の街をぶらぶらした。
銀行の建物を再利用した敦賀市立博物館は初訪問。
DSCN8755.JPG
博物館のある、その名も博物館通りは
なかなか和風のいい雰囲気だった。
DSCN8758.JPG
みなとつるが山車会館も、初めての入館。
DSCN8784.JPG
山車もよかったが、浪人的にはこちらも・・・
DSCN8786.JPG

さて、そろそろふ頭に戻って下船しなければならない。
送迎バスが出る赤レンガ倉庫に向かう途中
このモニュメントに出会う。
DSCN8793.JPG
ここはJR敦賀駅からまっすぐ伸びるシンボルロード。
駅前からは、駅を背にして右側に銀河鉄道999
左側には宇宙戦艦ヤマトのモニュメントがいくつも設置されている。

そしてここが最後のモニュメントである。
タイトルは「別離」。
列車に乗ったメーテルを、鉄郎がホームで見送るラストシーンだ。

なぜ敦賀にこのようなモニュメントが。
作者の松本零士先生が敦賀出身というわけで出身というわけではない。

この謎を解くカギは、欧亜国際連絡列車にある。
明治時代に日本海側初の蒸気機関車が敦賀を走り始め、
また、新橋駅と敦賀の金ケ崎駅を結ぶ欧亜国際連絡列車が運行。
ウラジオストクまでの直通定期船により、大陸に最も近い場所として栄えてきた。

1999年、敦賀港は開港100周年を迎えた。
開港を記念し、当時の敦賀市のイメージであった「科学都市」と歴史を引き継いだ「港」と「鉄道」に将来ビジョンを重ね合わせ、
『銀河鉄道999』と『宇宙戦艦ヤマト』の像を設置することになったという。
開港100周年の節目の年が1999年だったのも、999にピッタリだったというのもあるだろう。

松本零士先生も快諾し、現在では『銀河鉄道999』の像が16体、
『宇宙戦艦ヤマト』の像が12体、計28体が並んでいる。
そして、市内の周遊バスにも999のイラストが踊るようになった。
DSCN8794.JPG

思えば2日前、阪九フェリーの新門司フェリーターミナル発の無料送迎バスで降り立った小倉駅北口。
そこに、メーテルと鉄郎のモニュメントがあった。
それは機械の体をくれる星へ向けて銀河鉄道999に乗る直前の2人だった。
そしてここ敦賀では999の旅は終わり、2人に別れが。

浪人の船旅もここでおしまい。
なにか客船と銀河鉄道999の旅が妙にシンクロした3日間であった。

<銀河客船999、日本海をゆく 完>