2つのドリームで韓国へ #15 パンスタードリームでパラダイス☆

大阪行きパンスタードリーム。
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船籍は済州島
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パンスターラインのクルーズフェリーだ
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間もなく釜山を出港する。
最上階(4階)のトップデッキ=コンパスデッキに出た。
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CAUTIONマークがなんか微笑ましい
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15時、パンスタードリームは釜山を出港した。
こうして浪人の2泊3日にわたる短いようで長かったような韓国滞在は終わる。
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龍頭山タワーに見送られる。
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福岡からやってきたJR九州高速船のビートル。
昨年7月21日から対馬(比田勝)経由になり、国内移動もできる混乗便になったことを示す「TSUSHIMA」のローマ字表記が。
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釜山港大橋をくぐるビートル
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パンスタードリームも釜山大橋をくぐる
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無事通過!
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釜山のシンボルでもある五六島(おりゅっと)が左手に
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コスタ・ヴィクトリア(2012年)とダイヤモンド・プリンセス(2014年)で釜山に入港した際に停泊した
影島にある国際クルーズターミナルが見える。本日は客船の姿なし。
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さらば、韓国!
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2年7か月前(2016年12月)の乗船時にはなかったもの。
これで天使になって記念撮影をするものと思われ。
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釜山が遠ざかり、カフェ「夢」で一息つくことにした
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カフェの入口では足元にも注意だ。
パンスタードリームは2002年から釜山~大阪に就航しているが、
これは現在の姿に改装した年を記しているのだろう。間もなく15周年である。
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カフェ「夢」内部
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ちょうどアサヒスーパードライのハッピーアワーだったので、
まずは韓国無事出国を祝う
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カフェでは生演奏が
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なんとも芸術的なハッピーアワー
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カフェの中央部にある階段を下りて2階へ
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カフェ夢への階段から2階船首部分へいたる途中、
1階エントランスホールをまたぐようなブリッジ通路になっている
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ブリッジ型通路からのエントランスホールの眺望
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ブリッジを渡り終えたところにある
ドリンクコーナーも以前よりもシックでいい感じになった
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日本製ビールの自販機あり
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この階段を下りると1階エントランスホールに
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浪人はそのまままっすぐ進み、クルーズゾーンへ突入!
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船首にはクルーズラウンジ「ザ・パラダイス」がある
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フェリーゾーンの乗客は基本入れない
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なぜならば入室に必要なVIPラウンジカードを持っていないからだ
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今回、浪人はクルーズゾーンに潜入できたので、
インフォメーションでキーと一緒に渡されたこのカードで
ラウンジにも入れるのだ。
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ここがパラダイスだ!
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マッサージチェアも健在
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久々に日本の新聞も読める
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東横インでもらった、ハングル文字溢れる中央日報の解読には時間がかかったが、こちらならスラスラ読めるぞ
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日韓の首脳は相変わらずだな・・・
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そしてロシアとの平和条約もまだ結べていない。
少なくともいまの首相の間は期待できない。
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そんな厳しい国際情勢の真っただ中に乗り出した船。
とりあえず珈琲と茶菓子をいただきつつ、新聞に目を通す。
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窓の外には穏やかな対馬海峡
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ラウンジって感じがする空間
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日韓舟運。
呉越同舟、という言葉も頭に浮かぶが、
どんなにいがみ合っても両国は船で渡ってもせいぜい1泊2日の隣国であるし、
それはいつになっても変わらない
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バーカウンターのようなもある
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モデルシップのディスプレイ
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そしてJリーグのセレッソ大阪のサッカーボールも飾られている
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船内にはセレッソに所属する韓国人プレイヤーのサイン入りユニフォームが飾られている
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Jリーグにもいまや韓国人プレイヤーは欠かせない時代である
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スタンダードAの一室が開いていたので、のぞいてみる。
片道1万3000円。
ちなみに浪人のキャンプ地である「ブルー」(ロイヤルスイート)は、
本来ならフルサービスで片道8万5000円!(※1部屋当たりの料金)
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<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #14 ソウルそして韓国脱出

7月2日。
東横インの東大門キャンプ地Ⅱを撤収し、地下鉄でまたまたソウル駅へ。
しかしきょうは仁川ミニトリップではなく、韓国脱出の旅となる。
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ソウル駅構内。
駅ナカコンビニで折り畳み傘(8000ウォン)を購入。
ソウルが連日の好天続きなのは、九州南部などに梅雨前線が停滞しているからだ。
ホテルで視聴できるNHK総合のニュースでも、連日、鹿児島県などでの大雨を伝えていた。
これから向かう日本は梅雨シーズン真っただ中。
境港のターミナルに傘を忘れてから、久しぶりに(といっても3日ぶり)傘を荷物に加えた。
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列車に乗り込む前に駅弁を購入しよう。
目的地への到着予定時刻は12時42分。
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韓国の駅弁はカラフル。日本のよりも少し安いかな。
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ここで日系企業の駅弁スタンドを発見!
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ほっともっとの駅弁ラインナップ
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取り急ぎ、駅弁を確保。
エスカレーターを下りてホームへ。
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こちらが浪人の乗るKTX
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その車内
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車内誌の表紙がそのまま浪人の目的地だ
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10時、KTXは静かにソウル駅を離れた。
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江陵から清涼里に向かうKTXにもあった天井に取り付けられたモニターでは
日本語でニュースも流している。
そこでは半導体の輸出規制をめぐる日韓関係の悪化を極めて、短時間で伝えていた。

ちなみに浪人はソウル駅で「セウ・ライスパック」を購入した。セウは「エビ」。エビご飯である。
購入したのは日系の「ほっともっと」ではなく、韓国系の駅弁スタンドである。
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11時50分ごろ、ランチとする。
ディスプレイよりもエビがかなり小さい。
まあ、5000ウォンだからこんなものか。
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新慶州駅に到着。
次の蔚山(ウルサン)の次が終点。
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2時間40分ちょっとの鉄道旅行が終わると、
そこは釜山駅。
毎年のように来ている都市だけに、もう日本に戻ってきたも同然、という気分になってしまう。
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新慶州あたりまでは、あんなに青かった空も
ここ釜山ではどんよりとした雲に覆われている。
ソウルではカラッとしていた空気も、釜山ではやや重たい。
少しだけ、梅雨の日本に近づいたな、と感じる。

駅から港が見える。港周辺は再開発の真っただ中だ。
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今回は釜山での観光なし。
駅からそのまままっすぐ歩いて国際旅客ターミナルへ向かった。
10分くらいで着いてしまう。
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これが浪人を乗せて大阪に行く「パンスタードリーム」。
今回は「イースタンドリーム」で韓国入りし、
「パンスタードリーム」で出国。
2つのドリームでゆく韓国の旅である。
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しかし、今日の港の風景はちと寂しいな。
いつもいるはずの船の姿が見えないからだ。
いるのは、対馬行き高速船オーロラ
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そしてブルーツシマ。その名の通り対馬行き。船首には「波」という漢字が。
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では、乗船手続きを!
きょうは妙にがらーんとしているな・・・
いつのまにかターミナルにあった免税店もなくなっていたし。
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ここで乗船手続きをする。
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これが浪人の乗船券。もう何度も乗っている船だが、いままで見たことのない種類のチケットだ。
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食券が付いている。
Bはブレックファスト、Dはディナーを示す。
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いつもいるはずの船がいない釜山港は、
日本行きの船も少なくなっていた。
まさか深まる日韓対立の影響か!
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停泊しているオーロラの窓口も閉じたまま
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下関航路の窓口も・・・
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あっ、そういうことでしたか
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対馬行き大亜高速の窓口には鳥居がいくつも連なっていた。
それでは、日本に帰るか。
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パンスタードリームにようこそ!
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今回もウクライナ系と思しき女性デュオの演奏が歓迎してくれる。
東海でカザフスタン、ソウルでウズベキスタンの料理をいただき、釜山港ではウクライナ。
韓国しか行っていないのに、妙に旧ソ連がらみの旅となっている。
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インフォメーションカウンターで乗船券を見せて、ルームキーをもらう。
さて、浪人のキャビンは…。
ここ。
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ここを大阪までのキャンプ地とする!DSCF2044.JPG
キャビン名はブルー、カーテンも同色でまとめている。
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部屋はここだけではない。もうひとつある。
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こちらが寝室である。
しかもダブルベッド!
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ダブルベッドにダブルスワン
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何やらウェルカムギフトがあるぞ
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キャプテンのサイン入りのメッセージ
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ギフトの中身は飴ちゃんでした~
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シャワー付きのキャビンだが、
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このようにバスタブもある。
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洗面台とアメニティの数々
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パンスタードリームにはフェリーゾーンとクルーズゾーンが存在する。
ゾーンの区別はキャビンのグレードによる。
今回、浪人は取材と称してクルーズゾーンのロイヤルスイートに潜入してしまったのだ!

<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #13 ソウル脱出前夜

仁川始発の電車に乗って1時間ちょっと。
鍾路3街(ちょんのさむが)という駅で下車。
ここに到着したのは16時20分ごろ。
日本語ツアーには間に合った!
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世界遺産・宗廟(ちょんみょ)。
入場料は1000ウォン。日本円で100円くらい。
0の打ち間違えではない。
しかもガイドが付く(黒傘を持った女性)。
信じられないが本当の話だ。
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李氏朝鮮の歴代王と后などの位牌を祀る宗廟。
自分ひとりで巡っていてはまったくわからないお話をガイドから聴ける。
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朱色の柱廊が美しい正殿
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月曜休みの観光施設が多いソウルや仁川で、
この宗廟は数少ない月曜営業のスポット
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この日、16時40分発の日本語ツアーの参加者は浪人を含めて全員で6人(すべて日本人)。
浪人以外は全員女性。ガイドも女性。
浪人としばしお話をした女性2人組は、北九州から。
明日の飛行機で帰国するとか。
浪人も明日、韓国を離れるが、日本に着くのはあさって。
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それにしても奇遇なのは、北九州といえばこの4か月前、
クイーンメリー2を見に行った。
https://rohnin1966.at.webry.info/201903/index.html
もともとは北九州寄港の予定ではなかったが、
ある港町への寄港がキャンセルとなり、北九州への初入港が実現した。
キャンセルされた港が、先ほどまで浪人がウロウロしていた仁川である。

話を宗廟に戻そう。
正殿につながる色の変わっている道は、絶対に踏んではならない神聖な道なのだ。
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それにしても廟内は静か。それもそのはず、ガイドの言語別に案内時間をわけているので、
大人数が敷地内をワイワイガヤガヤ歩くことはない。
園内にはこのような珍しい鳥や、あまりにも素早くて撮り損ねたがリスもいた。
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これは何かな?答えはガイドさんに尋ねるとよい。
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毎年5月の第1日曜に王族の末裔である全州李氏が集まり行われる宗廟大祭。
これはユネスコの無形文化遺産に登録。
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この道の真ん中は、我々のような下々の者は歩けない。その答えは説明板にある。
ちなみにガイドさんは釜山の出身。
ソウルで暮らしているが「この街に海がないのが不満」とのこと。
さっきまで仁川に行ってきました、と言うと、とてもうらやましがられた。
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宗廟を出ると、そこは先ほどまでの静寂と神聖さとは全く対照的な喧騒の世界だった。
浪人は信号を渡って真向いにある世運商街(せうんさんが)へ突入する。
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建物の前にいたロボット!
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どうやら世運商街のマスコットらしい
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世運商街とは、電子部品や電化製品を売っている、かつては大変賑わっていた電気街。
ソウルの秋葉原みたいなもんだったのだろうか?
のちにこの世運商街も老朽化し、衰退の一途をたどる。
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しかし、都市再生プロジェクトの一環で、2017年9月に世運商街はリニューアル!
屋上には展望デッキや休憩スペースが設置された。
展望デッキから、先ほどまで散策していた宗廟を眺める。
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Nソウルタワーと南山
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高層ビルが立ち並ぶ新しいソウルと、
低い屋根の家並みがひしめき合う古いソウルがコントラストを描いている。
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「清渓川(ちょんげちょん)」をはさんだ南側にある「大林商街(てりむさんが)」と自由に行き来ができるよう、
3階を結ぶ歩道橋も設置されている。
そこから清渓川の遊歩道を眺める。この清渓川もソウル都市再生のシンボルだ。
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この清渓川遊歩道を歩いて、東大門のホテルに帰る。
それにしてもここがソウル都心とは思えぬ。
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梅雨の日本とは対照的に、晴天が続くソウル。
この日も気温は30度くらいあったのでは。夕涼みにやってくる市民多数。
ちょうど帰宅時間に重なっていたので、サラリーマンも多く憩っていた。
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鯉もいっぱい泳ぐ清渓川の水は清い。
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ぶらぶら歩いているうちに東大門の噴水に到着。
ここで清渓川を離れ、ホテルに向かって南下する。
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太陽が高かったから気が付かなかったが、時計の針は午後7時近くを指していた。
そこでまず、ソウル最後の晩餐をとろうと決めた。
ホテルから近い様子の少々おかしい一画にやってきた。
ここはソウルなのに、ハングル文字よりもキリル文字のほうが目立つ。
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スマホ屋も
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両替屋も
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そんな一帯で、数少ない日本語表記を発見!それでも「ロシア」と書いてあるw
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ここはモンゴルやロシア、ウズベキスタンなど中央アジア出身の人々が集まる「中央アジア村」と呼ばれる一帯である。
旧ソ連崩壊後の1990年代から、旧ソ連圏の中央アジアの商人が東大門衣類市場を利用し始めた。
そのままソウルにとどまる人も多く、現在も旧ソ連圏で使われるキリル文字が書かれた飲食店や食品店、貿易店などを目にする。
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それにしても「サマルカンドシティ」という名のお店がいくつもあるな。
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この店の前で写真を撮っていると、いかにも中央アジアからやってきましたという容貌を持ち、
出身国のスカーフを頭に巻いた女主人に声をかけられる。で、そのまま「サマルカンドシティ」へ。
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サマルカンドシティの店内。
その名が示すようにウズベキスタン料理の店である。
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浪人が座ったテーブルには、中央アジア諸国の紙幣がガラス越しにディスプレイ
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左の紙幣は明らかにモンゴル。じん、じん、じんぎすかーん♪
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こちらがメニュー
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ロシアビール「バルティカ」と、
定番の韓国人参サラダ。
そして右が牛肉入りパン「パンソゲコギ」
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そしてシャシリク(串刺し焼き)だ!
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韓国到着後、最初に食べたのがカザフスタン料理。
そして最後の晩餐も韓国料理ではなくウズベキスタンと
またもやシルクロードの食事。

遊牧、羊、灼熱、絹の道。
俺の胃袋がさすらっている。
俺の口は、世界を股にかける、遊牧民だ。
(「孤独のグルメ3」第5話~中野区東中野の羊の鉄鍋とラグマンより)

浪人のテーブルの隣には、いかにもウズベキスタン出身と思しき若い男性2人がおいしそうにシャシリクを食べていたが、やがて退店。
その直後、ロシア系の色白な母娘がやってきて、女主人とロシア語で会話しながらオーダー。
その後ろは、韓国人の男女。
浪人は女主人と韓国語とロシア語のチャンポンでオーダーしたり、少々ではあるが話をしたり。
すっかり人種のるつぼと化す。
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境港からイースタンドリームに乗ったA子とMは、
いまごろウラジオストクに着いてロシア料理のディナーでも取っているのだろうか。
そしてその他の数少ない日本人乗客は、これからユーラシア大陸を横断するのだろう。
それに比べて浪人の小さな旅は明後日で終わるが、ウズベキスタンにも行きたくなってしまった。
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まあ、おなかの中だけでも壮大なシルクロードの旅ができたことでよしとするか。
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サマルカンドシティを出て、夜の東大門デザインプラザ(DDP)を散策。
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ここはソウルの未来を思わせる都市のよう。
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宗廟のように李朝の昔から、DDPのような未来へとソウル時間旅行を満喫した。
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ナイトマーケットで有名な東大門の夜はこれから。
しかし勉強熱心な浪人は、明日出国だというのに、
韓国語の聞き取りを強化すべく、ホテルの一室にこもる。
アニメ専門チャンネルで、このあまりにも有名な日本アニメの韓国語吹き替え版を2夜連続で視聴。
面白いように聞き取れる!すごい、すごいぞ!!
まあ、ファーストガンダムのセリフはけっこう覚えているものだから、あたりまえだw
「次回、機動戦士ガンダム。復活のシャア。君は生き延びることができるか?」
なお、画面のハングル文字では「シャアの復活」となっており、原題とは少々異なる。
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エンディング曲の韓国語吹き替えを聴いても、
日本語でついつい口ずさんでしまう。
「あむろ~、ふりむくなーあむろ~ぉ~」。
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なお韓国語の発音ではブライトが「ぶらいとぅ」、アムロが「あむろぅ」というのが妙に耳に残った。

ガンダム終了後、日本のNHK総合テレビをちょっと視てから眠る。

<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #12 仁川の旧日本人街

この一帯は、さっきまでいた中華街とは明らかに雰囲気が違っていた。
街を覆っていたけばけばしい配色とは一線を画した、重厚感を伴う建築物が軒を並べている。

こちらが、かつての日本郵船。
1888年に建てられたと推定される日本郵船株式会社の仁川支店だ。
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建物にはDというアルファベットが
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その謎はこの画像マップで明らかに
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旧日本郵船を含むこのエリアは2009年に仁川アートプラットフォームとなった。
日本郵船の建物はその資料館として活用されている。
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かつての倉庫街をアートのエリアとして再開発したようだ。
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イースタンドリームの船内を思い出させるテイストだなあ
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旧日本郵船の近くに、「ホテル大仏」⁉
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大仏ホテルは韓国で初めて建設された西洋式ホテルで、1888年、日本人海運業者・堀力太郎によって建てられた。
レンガ造りの3階建ての洋館で、寝室と食堂などを備えていた。
従業員は英語を話し、コーヒーも販売されていたとか。
1918年になると、中国人の所有となり、1978年に取り壊されるまで中華楼という中華レストランが入っていたという。
再建されたのは最近のことだろう。
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現在はミュージアムとして利用されている。月曜はお休み
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昔の仁川の写真が展示されている一画
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旧日本第1銀行。
日本の租界が設けられた翌月の1883年11月に東京に本店があった第一国立銀行の出張所として設けられ、
その後、朝鮮半島の中央銀行にあたる朝鮮銀行の支店に。
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内部は有料の博物館(仁川開港博物館)で、灯台の模型や、精巧な蒸気機関車のミニチュアを使って
当時の仁川の港湾施設や鉄道の歴史を紹介。
日本人や中国人が行き交った当時の一帯を描いた絵画などが飾られている。
以上は確認できなかった。ここも例によって月曜休だからだ。
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建物の前には当時をほうふつとさせる人力車
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朝鮮半島で最初の郵便事業は、ここ仁川で始まった。
1884年11月のことである。
それを記念したモニュメント。
仁川は鉄道といい、韓国初というものがいくつかある。
日本でいうと長崎や横浜のような港町だ。
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旧日本第18銀行。
1890年に建てられた日本第18銀行の支店。
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現在は仁川開港場近代建築博物館として有料公開。
仁川の開港からしばらくたった街並みや鉄道などを大きなジオラマや映像、写真、絵葉書を
かつての銀行金庫の場所も使って展示。
ということだが、この日は月曜なのでやはりお休み(笑)
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旧日本第58銀行のとなりに小さな休憩所が設けられ、
旧日本人街の大きな写真を背景にして写真撮影できるコーナーがある。
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仁川市中区庁舎。
1883年に租界の日本人居住者を保護するために設置された領事館を元にしたロマネスク様式の建物。
1933年に2階建てに新築、韓国独立後の1964年に3階建てに増築された。
玄関前にあるのは木ではなく、よく見ると韓国の国旗(太極旗)の集まり。
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庁舎の前には、人力車の車夫が待機
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襷には「人間の力」という日本語が・・・。まあ、「人力」車だからね。
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人間の力で走る車から道をはさんだところから
何やらこちらに向かって手招きしている物体が
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招き猫だ!
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招き猫のいるこの一帯、妙に和風。
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かなり安普請な感じは否めない得れど、旧日本租界は日本風の街並みへと変わっていた。
2003年から3年連続で仁川を訪れたが、当時、こんなものはなかった。
なお、こちらでの正式名称は「開港場近代歴史文化タウン」。
日本のガイドブックにある「仁川旧日本人街」とは表示されないし、
これだけ日本風の街並みにしているのに、いっさい日本語の案内がないという・・・。

日朝友好条規(江華条約)を契機に仁川が開港し、
1883年に日本人が居住するために設けられた租界から発展した日本人街。
日本からの移住者で人口が増えて、近代的な街が築かれた。
租界制度は日本統治時代の1910年代に廃止されたが、日本人の居住地は拡大する。
太平洋戦争時には約1万人の日本人が仁川に住んでいた。
日本が敗戦を迎え、日本人が去ったあとも伝統的な建物は、老朽化などで解体されたものを除いて残った。
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こちらは日本家屋を利用したカフェ「官洞五里珍(くぁんどんおりじん)」。
2階は日本統治時代そのままの姿で残っているらしい。
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旧日本人街から歩いて旧済物浦(チェムルボ)倶楽部へ。
「済物浦」は仁川の旧称だ。
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仁川に住んでいた日本やアメリカ、ドイツ、ロシアなどの人々の社交の場として1901年に設けられた。
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この建物の横にある草地に、仁川にあった各国の租界の境界を示す標識石があった。
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裏側。かろうじて「朝鮮」の2文字が読めた。
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旧済物浦倶楽部の裏手は自由公園。
そこにたっているのが、日本にもかなりゆかりの深いこのアメリカ人の銅像。
あいしゃるりたーん!
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ダグラス・マッカーサーは朝鮮戦争でソウルを奪還する仁川上陸作戦を指揮した。
銅像の下にはその記念レリーフがある。
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朝鮮戦争で激しく戦ったアメリカと北朝鮮。
その両首脳が北緯38度線の休戦ライン上で会い、
アメリカ大統領が北に向けてその一線を越えるとは・・・。
マッカーサーが生きていたら、どう思ったかな?
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その自由公園で見つけた和風っぽい瓦屋根付きの壁
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自由公園から少し歩いたところにある虹霓門(ホンイェムン)。
日本の工兵隊が日本人居住地を拡張するために1908年に石組みして造ったもので、名前の意味は「虹の形」。
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門のそばには日本家屋を利用したカフェがあった。
その名はHISTORY。
そのカフェの名の通り、仁川は朝鮮半島の近現代史が交差する港町であった。
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これで仁川散策は終了。そして、東海から始まった韓半島横断も達成した。
ここで思い出したのだが、浪人が過去に仁川を訪れたとき、必ず船が絡んでいた。
1995年の初訪問時は、中国の威海から「ニューゴールデンブリッジ」で
2003年は済州島からフェリー「オハマナ」号で仁川入り。
2004年は仁川から中国・青島行きの「ニューゴールデンブリッジV」(かつての九越フェリー「れいんぼうらぶ」=白い船)へ
そして2005年は「ふじ丸」で寄港。
しかし5回目にして初めて、船には乗らずこの港町をあとにすることとなる。

電車に乗ってソウルに戻る。

<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #11 仁川のチャイナタウン

ソウル駅から地下鉄1号線(ほとんど地上に出ていたが)で1時間ほど。仁川駅に到着。
駅舎の前には「韓国鉄道誕生駅」と書かれた蒸気機関車の石像。
韓国初の鉄道はここ仁川からソウル方向に伸びる京仁(キョンイン)線。
つまり今しがた乗ってきた路線である。
1900年に全線営業が開始したそう。
そしてこの仁川駅、韓国で最初にできた鉄道駅だとか(現在の駅舎は1960年に完成したもの)。
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仁川駅はこの先にはもう線路がない盲腸駅。
北海道の室蘭駅や鹿児島の志布志駅を思い出す。
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1つ手前の東仁川駅の一帯が、現在の仁川の中心街。
ということで、多くの乗客がそこで降りてしまい、終点の仁川ではかなり少なくなっていた。
そういう点では、東室蘭駅と室蘭駅の関係に似ている気も。
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しかし室蘭駅との大きな違いは
駅前に中華街があることだ。
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なんともけばけばしい門をくぐり、緩やかな坂を上がっていくと・・・DSCF1748.JPG
中華街のメインストリートに達した。
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仁川が開港したのは李朝末期の1883年。
黄海をはさんだ清国から多くの中国人商人がやってきた。
こうして仁川の中華街は朝鮮半島でも随一の中華街を形成する。
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ところが朝鮮戦争をへて資本主義陣営の韓国と社会主義陣営の中国は国交が途絶。
東西冷戦下で中華街はみるみるうちに寂れる。
しかし、冷戦終結後の1992年に韓国と中国が国交を回復すると
仁川中華街の観光地化が緩やかにスタートした。

浪人は2003年に『フェリーズ』の企画「フェリーで韓国周遊」
2004年にこれまた『フェリーズ』の企画「フェリーで日韓中3国周遊」
そして2005年に「ふじ丸」のクルーズで仁川にやってきた。
いずれもこの中華街に足を運んでいるが、当時はまだまだ観光課に緒が付いたばかりで
こんなに賑やかではなかった。
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正午を過ぎていたので、昼ごはんにしよう。
孤独のグルメ・仁川編は秦の兵馬俑が門番を務めるこのお店で。
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「萬多福」の店内に入ったところ
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小あがりに通された。
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これが当店名物の「百年チャジャンミョン」。
チャジャンミョンは韓国式ジャージャー麺(炸醬麵)のこと。
白いチャジャンミョンは珍しい。
ガイドブックによると韓国3大チャジャンミョンのひとつとか。
これで8000ウォン。もちろんキムチやらたくあんなどのおまけもいっぱい付く。
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こうやって食べる。仁川でチャジャンミョンを食するのはこれが4回目だが、
この白いチャジャンミョンは確かにうまい!
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食後、北京の故宮にあるような九龍壁のある階段を上がる。
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中国を意識した階段だが、
どう見てもトーテムポールっぽいものも。
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坂を上がりきったところに善隣門。
門の向こう側には仁川港が望める。
仁川港からは、北朝鮮との国境の街・丹東、大連、青島など
中国各地へのフェリーが発着する。
仁川は今も中国からの海の玄関口だ。
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善隣門を正面から見た画像。
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門の左右には「楚漢志壁画通り」がのびる。
楚漢志とは「項羽と劉邦」の物語。
浪人はずいぶん昔に司馬遼太郎の同名小説を読んだ。
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こちらはイケメン項羽
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項羽の愛人、虞美人
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そして漢の高祖となる劉邦
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高校時代に、漢文の授業で「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」と習ったが、
その発言主が秦帝国の末期に農民の身分ながら反乱軍の首領となった陳勝である。
陳勝・呉広の乱は瞬く間に秦帝国を滅亡の淵に追いやった。
それにしてもこの壁画、古代中国のものなのに、BGMにはラ・マルセイエーズが流れてきそうだw
どうみても19世紀フランスの画家ドラクロワの作品のパク、いや、オマージュだろ(爆)
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項羽と劉邦の名場面集をどうぞ。
こちらは「韓信の股くぐり」
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そしてハイライトである「四面楚歌」
虞や虞や、なんじをいかにせむ
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「項羽と劉邦」壁画の対面には、突如、安重根が登場する。
1909年に伊藤博文をハルビン駅で暗殺した人物である。
どうやら伊藤暗殺後に逮捕され、日本の官憲に取り囲まれて尋問されている場面の模様。
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安重根の隣には1904年の仁川港と1911年の仁川駅の絵が。
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項羽と劉邦の壁画が終わったと思ったら、今度は桃園結義。
そう、三国志ワールドに突入だ!
こちらでは関羽と記念撮影ができる。
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ここは三国志壁画通り。
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三国志名場面をいくつか激写した。
三顧の礼。劉備は諸葛孔明の庵を3度訪ねる。
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孔明は天下三分の計を示す
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赤壁の戦い
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白帝城で劉備亡くなる
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孔明は出師の表をしたため、魏に戦いを挑む
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泣いて馬謖を斬る
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星落秋風五丈原(「ほしおつしゅうふうごじょうげん」)。
孔明は死に、蜀軍は撤退。
このあと、「死せる孔明、生ける仲達(魏の司馬懿)を走らす」につながる。
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う~ん、久しぶりに三国志を読みたくなったぞ。
すると目の前に中華街モードのセブンイレブンが現れる。
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いつのまにか中華街のメインストリートに戻っていたのだ。
ハングル文字は「ファドクマンドウ」と書いてある。
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青島ビールの可愛くないパンダ。
この画像だけを送り付けて「いま中国にいるぜ」と言ったら、
かなりの人が信じるだろう。
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京劇。
英語ではペキンオペラ。
いま話題のペキンビキニではない。
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チャジャンミョンの老舗といえば共和春(こんふぁちゅん)。
現在はメインストリートにデカい店を構えているが、
かつてはこのように小ぢんまりとしたお店だった。
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今はかなり儲かって、真向いには「チャジャンミョン博物館」を設立している。なお、月曜日はお休み。
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チャイナタウンといえば関羽、そして孔子!
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孔子も仁川港の向こうにある故郷の中国を眺めておられる
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仁川の中華街はかつての清国の租界とその範囲が重なる。
その東端に、旧日本人街の原点となった日本の租界との境界を示す階段がある。
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この階段の上に孔子の石像があり、そこから見て右脇に中国式、
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左脇に日本式の石灯篭が並んでいる。
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日清の租界の境界となっている階段を下り切ると
中華街の入口を示す妙なオブジェ。
右はチャジャンミョンで、左がマンドウかな。
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それではいよいよ旧日本人街エリアに入ってみよう。

<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #10 ソウル版浦島太郎がゆく

しばらくテレビで米朝妖怪会談を見てから、ホテルの周辺を散歩することにした。
これはクァンヒムンという李朝(1392~1910年)時代の門。
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門をくぐる。
天井にはこのような文様が。
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ホテル最寄りの地下鉄の駅名は「東大門歴史文化公園」。
以前は「東大門運動場」だった。
その名残か、スポーツ用品店が多い。韓国プロ野球チームのグッズが陳列されている。
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2004年に浪人は韓国人の知り合いとここにきている。
15年前、すでにここにあったサッカー場も野球場もその用をなしていなかったが、
スタジアムは健在で、そこは風物市場という名のガラクタ市となっていた。
知人はドライブ中に聴くポンチャックのカセットを物色に来たのだ。
※2008年09月30日 フェリーで日韓中東アジア3国周遊の船旅~ソウル編
https://rohnin1966.at.webry.info/200809/article_9.html

しかしいま、ここにはスタジアムはなく、妙にエキセントリックな建造物があるだけだ。
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この妙な建物を建てるときに、李朝時代の遺跡が発見された模様。
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ここでソウルのノラを激写!
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ノラがニャーニャー鳴いているほうに行くと、
ここが競技場であったことを示すちょっとしたミュージアムがあった。
入場は無料。
撮影は禁止だが、このスタジアムで活躍し、
ドイツのブンデスリーガに渡った韓国サッカーのレジェンド・車範根(ちゃぶんくん)のコーナーや、
韓国野球との親善試合にやってきた大洋ホエールズのペナントなど、
浪人にとっては実に興味深い展示物であふれていた。
いま、ここにスタジアムがあった名残は、照明塔だけとなった・・・
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ここから北上すると、清渓川(ちょんげちょん)という川と遊歩道にさしかかる。
最後にソウルに来た14年前、ここは道路だったはずだが、
いまや遊歩道を備えるソウルのオアシスへと変身!
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ハングル文字を生んだ李朝の世宗大王の時代に整備された
「五間水門(オガンスムン)」の跡。
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東大門といえば市場。
怪しげなエリアは健在。
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セブンイレブンや屋台群の向こうに見えるは東大門。
李朝初期の14世紀末に建てられた、今やソウルのランドマークのひとつ。
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東大門からソウル城郭(漢陽都城)を見る。
こちらも1396年の建造で600年以上の歴史がある。
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東横インに戻る途中に、かつてのスタジアム跡に建てられた妙な建物のメインゲートに出る。
東大門デザインプラザ(DDP)。
今は亡きイラク人女性建築家、ザハ・ハディドによって建てられた。
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ザハ・ハディドと聞いて思い出すのは、東京五輪2002のために新しい国立競技場を立てる際、まずこの人のプランが採用された。
後に撤回され、現在の何の高揚感も沸き起こらないスタジアムとなったが
このDDPを見るにつけ、ザハ案のままだったら、どんなスタジアムになっていたのだろう、とは思う。


夕食を取りに地下鉄で明洞に来た。
ここは16年ぶりの訪問である。
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韓国といえば、食は全州に在り!
全州ビビンパの店でこちらをいただく。
1万ウォンであるが、安すぎると思える旨さ☆
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全州ビビンパの夕食を終え、外に出たのが19時10分。
まだ明るい。
パシフィックホテルの向こうに見えるのはNソウルタワー。
1988年(ソウル五輪イヤー)2月の初訪韓の際、ここにのぼったが、
当時の名前は南山ソウルタワーだった。
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明洞の屋台はおでんが飛ぶように売れていた。
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浪人は釜山ホットクの屋台でホットク2000ウォンを購入。
とてもおいしい。ホットクは釜山のが美味しい。
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明洞から東大門歴史文化公園に戻ってきた。
DDPはソウル有数の夜景スポットでもある。
日中に見るのとは別の怪しさがある。
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ホテルの近くの芝生広場は中華料理屋台が並ぶ。とてもにぎわっていた。
DDPの夜景を眺めつつ、「きのう松江や境港にいたのが、遠い昔のやうだ」と
日曜の夜をぼうっと過ごした。
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7月1日になった。7月はソウルからスタート。
安定の東横ブレックファスト。
左のカレーライスがなぜかおいしい。お代わりした。
あと、超甘~いコーヒーが韓国に来たことを感じさせる。
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日本の東横インでもよく見られる朝食光景。
やはり日本人客は多い。それも女性のひとり旅が目立った。
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朝食を食べつつ、窓の外のソウルの街並を激写。
目の前は地下鉄「東大門歴史文化公園」駅の入口。
明洞にもソウル駅にも地下鉄で1本!非常に素晴らしいロケーションだ。
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ご自由にお取りください、と日本語で書かれていたので手に取った「中央日報」。
ハングルの勉強にと読んでみたが、トップニュースは米朝の板門店怪談。会談ではなく怪談だなw
経済面はやはり、大阪のG20でもしっくりいかなかったこの面々。
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米朝の板門店怪談は、大々的に取り上げられていた。
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イヴァンカ・トランプさんとキムヨジョンさんIN板門店!
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板門店の図を使った解説も細かい。
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韓国民は「朝鮮半島も南北統一に大前進!」とヒートアップしてるかと思いきや、
この風刺画のようにかなり冷静な模様。3人とも全く違うところ向いているよね。
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朝食を終え、地下鉄でソウル駅にやってきた。
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こちらが日本植民地時代の1925年に建てられた駅舎。東京駅をモデルに建てられたという。
なお、同じ年につくられたのが東大門運動場である。
浪人が1988年に初めてソウルにやってきたとき、下り立ったのはこの駅。
2002年のFIFAワールドカップ日韓共催大会でサッカー観戦三昧のときも、ここをよく利用した。
2004年に駅としての使命を終え、いまは文化駅ソウル284となった。
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ちょうどDMZ展示会なるものを開催中。
前日に板門店であのようなこともあったばかりだし、
のぞいてみたかったが。月曜日はお休み。
実は韓国のほとんどの観光施設は月曜休。
板門店に行くDMZツアーもしかり。
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かつての駅前は、妙にホームレスの人々が段ボール敷いて眠っている姿が多い。
そのすぐ横ではシニアによる大カラオケ大会が開催中。
なんだかかつての大阪・天王寺公園の周辺っぽい。
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かつてのソウル駅高架道路が、ソウル路7017という天空遊歩道になっていた。
ここからは南大門も見える。
東大門と同じく、李朝初期の14世紀末に建てられたが、これは浪人がかつて見たものとは異なる。
というのも2008年に放火で全焼し、2016年に新しく立て直されたものだからだ。
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ソウル路7017から見る旧駅舎と現駅舎。
浪人はこれから電車に乗って小さな旅に出る。
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<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #9 海列車(ぱだよるちゃ)で行こう

東海駅を発車した海列車(ぱだよるちゃ)。
今日は日曜日。しかも、梅雨の日本とは別世界の晴天。
親子連れの姿が目につく。
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やがて大きな窓の向こうには一面の海が広がる。
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トンネルに入ると、さまざまな色で車内がライトアップ。
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せっかくの海の風景だが、
それをさえぎる鉄条網がかなり興ざめではある。
しかしこれにはこの国ならではの理由がある。
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鉄条網にさえぎられる海岸線を過ぎると、
おおお、山の上に客船が!
「サンクルーズ」というリゾートホテルであった。
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海水浴場が現れるとまもなく・・・
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正東津(チョンドンジン)駅。
世界一海に近い駅としてギネスブックにも登録されている。
ただ、浪人は日本国内にもっと海に近すぎる駅がいくつかあるような気がするが(笑)
韓国では日の出の名所として全国各地から観光客がやってくるが、
昼間でも大勢の客が海列車から降りていった。
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正東津駅で大量の乗客が下りたため、車内はがらーん。
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そんなリゾート地・正東津からしばらく北上すると、
今度は物々しいいくさ船が見えてくる。
海列車もスピードを緩めて、乗客が写真を撮りやすいように配慮。
これは韓国海軍の退役艦「全北艦」。
ここはただの戦艦公園ではない。
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いまから23年前の1996年、北朝鮮の潜水艦がこの付近に上陸し、
韓国兵と銃撃戦になるという事件の現場でもある。
その後、ここには安保公園が造成され、
窓側と反対側の山には北朝鮮の潜水艦や脱北者の木造船なども展示されているという。
というわけで、残念ながら海列車から北の潜水艦を見ることはできない。

海岸線に長く伸びる鉄条網も、北の侵入を防ぐためのものだった。
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東海を出てから1時間後、海列車は終点の江陵駅に着いた。
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こちらも海列車の車両。
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江陵駅。
去年の平昌冬季五輪のマスコットと一緒に撮影したが、
オリンピック、特に冬五輪にはほとんど興味がないので
このマスコットの名前が全く出てこない。
左のはとりあえず「白いホドリくん」と呼んでおく。
なお、ホドリくんは1988年のソウル五輪のマスコット。
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外で駅舎を撮影しているとあまりの暑さにくらくらする。
それもそのはず、この日の江陵の最高気温は33度!
早々に駅内に退避する。
駅ナカコンビニで韓国版三角おにぎりを買って、
韓国にいるトランプ大統領のライヴ記者会見をテレビで見ながら過ごす。
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14時発ソウル行き(厳密には清涼里行き)KTXに乗るため、再びホームへ。
海列車が今度は東海方面に向けて発車する直前だった。
海列車の男性乗務員が、浪人に気が付くと、丁寧にお辞儀をした。
さきほど、車内で浪人に乗車券のお釣りを手渡しに来た乗務員であった。
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ちなみに江陵駅はこの先に線路がない盲腸駅。
数年前までは鉄道の発着すら停止されていたが、
平昌五輪の開催が決まり、江陵からソウルまでのKTXが開通。
ムグンファ号など一般の鉄道運行も復活したといういきさつがある。
そして、海列車も正東津までの運行だったのが、江陵まで延伸したのである。

こちらが浪人の乗るKTX山川号。
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浪人が乗る1号車の車内。
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モニターには日本語の案内も。
「チョンニャンニ」は漢字に直すと清涼里。
それではソウルへGO!
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KTXで江陵からわずか90分でソウルに着いた。
到着時刻は6月30日15時30分。
ただしここはソウル駅ではなく清涼里駅。
ソウル訪問歴は多数の浪人にとっても初めての地である。
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清涼里駅はお初だったので、地下鉄の駅がわからずしばし右往左往。
そして交通カードであるTマネーカード(スイカとかパスモみたいなもん)を売っている場所が見つからずさまよっていたら、
街頭テレビに人だかりが。何だろ、と見てみたら「ええええっ!」。
浪人もかなり目が悪くなったもんだw
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いやいやいや、目の錯覚ではないぞ!
しかも韓国の大統領までいるじゃないか。なんなんだ、この3ショットは。
Tマネーカード買うのに手間取ったおかげで、この歴史的瞬間をライブで見ることができたのであった。
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清涼里から地下鉄を乗り継いで東大門歴史文化公園駅にやってきた。
江陵駅前には2018年の平昌五輪のマスコットがいたが、
ここには1988年ソウル五輪のマスコット・ホドリくんが!
浪人は90分間のKTX乗車で31年前にタイムスリップした模様。
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地上に出ると、ソウルでのお宿の前に出た。
日本でもよく見かけるあのチェーンホテルだ。
おまけに隣はセブンイレブン。
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フロントでのチェックインはすべて日本語で行い、
ここをソウルのキャンプ地とする!
ホテル情報誌「たのやく」が置いていないこと、
大人のための桃色放送が視聴できないことを除けば
全く日本の東横インと同じ(笑)
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韓国のテレビでは妖怪2名の歴史的会談が延々と放映されている。
浪人は2年前の「コスタネオロマンチカ」ウラジオストク・束草(ソクチョ)クルーズのことを思い返した。
※さらばコペンハーゲン愚連隊:コスタネオロマンチカでウラジオ&南北コリアをゆく
https://rohnin1966.at.webry.info/201706/index.html


あのとき、ウラジオストクへ向かうコスタネオロマンチカがゆく日本海上に向けて
北朝鮮はミサイルを撃ち込んだ。
北朝鮮とアメリカの関係はもちろん、
韓国との緊張状態も「在留邦人の日本への避難方法が検討」されるほどの危機状態であった。
あれから2年、その3国の首脳が軍事境界線上で仲良く歩き、
アメリカの大統領が板門店を北に越えた。
まさに事実は小説よりも奇、である。
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とにもかくにも、浪人はソウルにやってきた。
渋谷マークシティを深夜バス「スサノオ号」で出発してから
約44時間後のことである。

<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #8  東海でカザフスタン料理

イースタンドリームは東海に到着。
訪韓歴多数の浪人でも、この街は初めてだ。

ここで下船する浪人のような者はもちろん
ウラジオストクへ向かうA子やMのような乗客も
一度、韓国の入国審査を受けなければならない。

船内にある入国カードに前もって必要事項を記入しておいた浪人。
船名は「ED」という略称でも大丈夫ということだったが、
「浪人はまだそんな症状はない!」という、おかしなプライドが首をもたげ
「Eastern Dream」とフルネームで書いたものだから、枠からはみ出してしまったw

さらに入国審査の列に並んでいると、入管の女性職員がひとりひとり記入事項をあらかじめチェック。
EDは問題がなかったが、韓国でのホテルの電話番号を書いていなかったので
「ホテルの電話番号を書いてください」と日本語で言われる。
「いまはわかりません」と答えると、女性職員は自分のスマホで浪人のホテルの電話番号を調べ、それを記入してくれた。
便利というかなんというか。

さて、浪人の入国審査が近づいてきた。
前にいたシニアの日本人男性の審査がやたらと長引いている。
ようやくそれが終わり、浪人の番になった。

ところが、先のシニア男性と同じく
浪人の指紋読み取りと顔認証がうまくいかない。
何度も何度もやり直し。

前日、松江で竹島資料室に行ったり、
今朝、海上で「日本海の夜明けぜよ~」と
心の中で叫んだりしたことがバレたのか?
あわや入国拒否!と思われたが、実は入管のパソコンがポンコツだったことがわかり、
なんとか無事に韓国入国を果たす(笑)

まずは売店にある両替所で2万円を韓国ウォンに換える。
待合所にはロシア系と思しき人々が目立つ。
これからウラジオまで乗船するのだ。
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両替している間にA子とMも待合所にやってきた。
彼女たちのようにウラジオ行き乗船者は、ここに正午までに集合とのこと。
現在の時刻は10時過ぎ。あと2時間を切っている。

彼女たちは浪人とともにとりあえず東海駅まで歩くことになった。
ターミナル前の道路はガンガン車が走っていたが、
それを横断して小道に入ると、なんとものどかで静かな風景が続く。
いつも船でやってくる釜山港とはえらい違いだ。
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途中にあった「アナログ珈琲」というカフェの看板。
デビュー間もないファブ4(ビートルズ)の面々が、浪人たちに向かって微笑んでいた。
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ターミナルからダラダラ歩いて10分ほどで東海駅に着いた。
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駅舎はまあまあの大きさだが、内部はとてもコンパクト。
よく利用する釜山駅とはこれまたえらい違い。
実はここからソウルまでの移動手段を確保していない浪人。
左手の電光掲示板の真下にある切符売り場で購入を試みる。
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窓口では英語の話せる男性駅員が対応してくれた。
江陵からソウルの清涼里までのKTX(韓国版新幹線)は、残り1席というところでギリギリ確保!
お値段2万6000ウォン(約2600円)。
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そしてここ東海から江陵までは、観光列車「海列車(ぱだよるちゃ)」に乗ろうと思っていた。
ところが海列車の切符は、この窓口では買えないという。

海列車の韓国語パンフを手渡され、示された電話番号にダイヤルして予約するのだという。
しかしながら浪人の韓国語能力ではそれは至難の業。
「自分にはちょっと難しいですね」
と言ったところ、この駅員が「私が電話しますよ」といって1席確保してくれた。
切符上部の赤文字は駅員が書いてくれた海列車のシートナンバーである。

こうして無事、東海からソウルまでの足を確保した浪人。
その間、女子ふたりは駅前にある「カフェ・カザフスタン」というレストランを目ざとく発見していた。
「ここでブランチにしましょう」
ふたりとも船内で朝食をとっていなかったので、おなかペコペコだったようだ。
そこで浪人も一緒にカザフスタンに入ることに。
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店の女主人は明らかに中央アジア系の風貌。
彼女と韓国語とロシア語のちゃんぽんという謎の言語でコミュニケーションをとり、まずはカザフ風サモサを。
しかしオマケはやっぱり韓国風である。
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プロフ。カザフスタンやウズベキスタンでよく食されるピラフ。
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ロシア風水餃子ペリメニ。
カザフでもペリメニというらしい。
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こちらがカフェ・カザフスタンのメニュー。
プロフもペリメニもともに8000ウォン。
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するとカザフスタンの前に、イースタンドリームに乗っている日本人青年2名とシニア男性の姿が。
シニア男性と浪人がポンコツPCのせいで入国審査に手間取っている間に、
女子2人は他の日本人乗客とコミュニケーションをとっていた。
青年のひとりはライダーで、昨年は南米を周遊するというチェ・ゲバラのような冒険をしたとか。
今回はウラジオからスペインまでユーラシア大陸横断バイクの旅を敢行するとのこと。

もう一人の青年は、昨晩、ロシア人の友人とインフォメーションで韓国女性スタッフをナンパしていた彼。
会社を辞めて、ウラジオに。
そのあとはノープランだとか。
とりあえずシベリア鉄道に乗ってヨーロッパへ行こうかな、とかなり気楽な感じだそうで。

A子が彼らに「カザフスタン料理どうですか~」と呼び込みしたが、
よく考えてみれば彼らはこれからユーラシア大陸を大満喫するのだ。
いまのうちに韓国料理を食べておきたかったのだろう、こちらに入るのは固辞して、別の店を探しに行ってしまった。

カザフスタン料理は初めてだったが、
ウズベキスタン旅行の経験があるA子がセレクトしてくれたので、
非常に美味しいものにありつけた。
女店主も終始にこやかで、韓国語とロシア語のちゃんぽんで、コミュニケーションも盛り上がる。
サモサがとりわけ美味だったので、女子2人はテイクアウトした。

時計の針は11時15分を指している。
女子2名はこれよりターミナル前のコンビニGS25で食糧調達。
ユーラシア大陸へとつながる船へと戻っていった。
それを見送る浪人はこれより韓半島横断の旅に出る。
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ユーラシア大陸を横断する青年たちに比べると
浪人のはなんともスケールのちっちゃな旅だなあ、とひとり苦笑。


東海駅に戻る。
待合室のテレビではトランプ・文在寅という米韓両首脳の記者会見の模様をライヴで放送している。
なんだかDMZ(非武装地帯)という字幕がやたら登場するんだが、
浪人のつたない韓国語ヒアリング能力と字幕のハングル文字によれば
トランプ大統領は軍事境界線のある板門店に行くらしい。
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海列車が東海駅にやってくる数分前。
事務室で仕事をしていた、先ほどの男性駅員に向かって
「ありがとう!さようなら!!」と声をかける。
彼はにこやかに「行ってらっしゃい!1番線ですよ」と言ってくれた。
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ご存知のように、この国では浪人が船で渡ってきた海のことを「日本海」とは呼ばない。
竹島を独島と呼ぶように
日本海は東海と読む。

韓国の国歌(愛国歌という)の冒頭歌詞にも
「東海と 白頭山が 乾き 磨り減るまで」
と登場する。
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そんな韓国民にとっては重みのある名前の港町は
拍子抜けするほどちっちゃで静かで
そして親切な人に会える場所だった。

海列車が入線。
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こちらが海列車の車内。
観光列車のため、すべての座席が海側を向いている。
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窓に面した9号席に着席!
浮き輪の形をしているのが粋。
あとで女性乗務員が運賃の徴収にやってきた。
江陵まで1万6000ウォン(1600円くらい)。
一般の列車「ムグンファ号」だと2900ウォン(290円ほど)ということを考えると、5倍以上のお値段である。
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11時59分、海列車は東海駅を出た。
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<つづく>
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2つのドリームで韓国へ #7 イースタンドリームで韓国上陸

新しい朝が来たようだ。
来たようだ、というのは、エコノミークラスには窓がないので、
手元の時計で推し量るよりほかはない。

時計を見るとAM6時45分。
顔を洗ったり歯を磨いたりしてからデッキに出てみる。

昨日の大雨が幻だったかのように上がっていて、
薄日もさしている。
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もうここは韓国の領海内のハズだ。
しかし浪人は
「日本海の、夜明けぜよ~!」
と、(心の中で)叫んでみる。

なお、船に乗ると必ず日の出を拝むことにしているという
A子とMだが、今回も地図横に表示されていた日の出時刻4時57分には
このデッキでスタンバっていたという。
ただし、雨こそなかったものの、朝日は拝めずじまいだったとか。


さて、浪人のイースタンドリームでの朝食はレストランにて。
インフォメーションで食券を購入し、
1階デッキから外部通路に出るところにいるフィリピン人クルーにそれを渡す。

外部デッキの突き当りに、このような急傾斜の階段あり。
ここを上がればレストランにたどり着く。
う~ん、バリアフリーの概念はまったくない。
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レストランは操舵室の真下にあるため、
窓の外を見れば、船長気分が味わえる。
ただし・・・きょうの日本海は穏やかだからいいが、冬の日本海だと船首はメチャ揺れだぞ(恐)
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レストランはけっこうにぎわっていた。
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ビュッフェスタイルの朝食。
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背景には「水木 境港」というタイトルの
境港観光案内プレートがある。
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韓国のりやキムチなどもあったが、
それは今日からいっぱい食べることができそうなので、
洋食スタイルにした。
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食事を終えて、急傾斜の階段を下りて
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この外部通路を通って船尾のデッキへ行く。
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航跡は元気だ。
(元2代目)クイーンコーラル走れ~♪
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天気はまあまあ、肌寒くもなく暑くもないので
韓国人の乗船者がゾロゾロとデッキに出てきた。
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浪人もA子とMとデッキでしばしおしゃべり。もちろん日本語で。
デッキにある注意書きも言語の洪水だ。
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韓国のパイロットがイースタンドリームに接近!
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左舷側に韓国がくっきりと見えてきた。
思いのほか、工業地帯である。
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まもなく東海に入港する。
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工業港かと思いきや、思いのほかいくさ船もゴロゴロ。
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浪人たちのいたデッキにはオーシャンバーがある。
天気が良ければここでBBQも行われるという話だ。
さすがに昨晩のような荒天では無理だったが、
肉は焼いても船焼くな、である。
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東海港のフェリーターミナルが近づき、
韓国人乗客がデッキに殺到。
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これが東海港の国際フェリーターミナル。
周囲の風景やターミナルの雰囲気が
ちょっとだけ仙台港のフェリーターミナルに似ているような気がした。
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ターミナルの目の前には韓国コンビニ「GS25」がある。
ウラジオまで行くA子とMは、東海でのトランジットをここでの食料買い出しと決めた。
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入港の何時間も前から出口に自分の荷物を並べて、早目に下船しようとするコリアンスタイルはここでも健在。
まずは韓国人の団体客からの下船となる。
出雲大社への旅は韓国人にも人気が高いらしい。
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ここ東海で韓国人乗客がドドドっと下船する。
なお、数少ない日本人の乗客で、ここで下船するのは浪人のみとのこと。

9時30分、イースタンドリームは東海に到着。
間もなく下船開始。
なんだか不思議なイラストたちに見送られて下船する。
右から2番目のは浪人オフィスの近所・高田馬場でよく見かける鉄腕○ト○に似てる。
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イースタンドリームの長いギャングウェイを下りて、
ターミナルまで歩く。
いよいよ韓国上陸である。
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<つづく>



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2つのドリームで韓国へ #6 イースタンドリーム出航

屋根付きのデッキで宴会を始めた浪人と
A子とMのおかしなトリオ。

この宴は間近に迫った出航と、もうひとつのお祝いを兼ねている。
この日(6月29日)は、イースタンドリームがDBSクルーズフェリーでデビューした10周年。
と、同時にA子のバースデーでもあったのだ。

というわけで宴もたけなわになった19時、
イースタンドリームは静かに境港を離れた。
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外は激しい雨のため、
屋根なしデッキには出られず、
このように乗客はここから日本脱出シーンを眺めることとなる。
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なんだか水墨画の世界のような島根県美保関の風景を左舷側に見ながら
イースタンドリームは日本海へと漕ぎ出す。
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それにしても雨はますます激しさを増してきた。
浪人たちの宴席の床もすっかり水浸しである。
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このようなバッドコンディションの中、すぐ近くのテーブルでは韓国のおじさんおばさんの宴会も始まる。
しばらくすると、韓国のおじさんが我々の席にやってきて
「ちょっからちょっから」と言ってくる。
「申し訳ないけど、俺らは日本人なんで韓国語がわからないのですよ」
と、浪人が怪しげな韓国語で返すと、
「ああ、それは残念」という表情でおじさんはナイトクラブへ行ってしまう。

この直後、A子が持っていたスマホで意味を調べると
チョッカラはお箸を意味する韓国語だということが発覚。
どうやらお箸が足りなくなり、A子が持ってきた割り箸セットを目ざとく見つけたおじさんが
「それをいくつか我々に譲ってくれないか」と尋ねてきた模様。

これは悪いことをした。
そう思った浪人はA子の割り箸を、韓国おじさんおばさんの人数分(10セット)だけ取って
隣の韓国宴席へと歩みより、さっきのおじさんに
「ちょっからどうぞ」と手渡した。
すると、すっかり陽気になっていたおじさんおばさんから
「カムサハムニダ!」と威勢のいい声が上がり、めっちゃ喜ばれたのであった。


さて、我々の宴席ではおつまみが急速に減ってきた。
そこで、浪人はゼスタ・バーで販売されているというチキンを求めて船内へ。
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酒のつまみになりそうなメニューが豊富だな
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それではバーに入ってみよう
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ところが、チキンの販売は20時からだという。
現在時刻は19時30分ちょっと前。
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仕方ないので、バーで食事しながら待つこととする。
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バーのテレビは韓国のニュース番組を映し出す。
境港のサウナのテレビでは、まだ大阪にいたトランプ大統領。
もうソウルに到着していた。
それにしてもソウルはいい天気やのう・・・
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トシラク(ランチボックス)7000ウォンを食した。
シンプルだが味は良い!
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食後、また宴席に戻り、「チキンは買うか?」と女子コンビに尋ねたところ
すっかり腹いっぱいになったと見えて
チキンはもういいや、とのこと。
これでも売れっ子マンガ家らしいMは昨晩、徹夜で原稿を仕上げて
きょう境港入りしたとのことで、猛烈に眠くなってきたらしい。
じゃあ20時30分から始まるナイトクラブをのぞいてからお開きにしようとなったが・・・
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20時30分過ぎにのぞいてみたナイトクラブではスタッフがノリノリの音楽をかけながら踊っていたが、客はひとりもいなかった。
このまま祝宴もジ・エンド。
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A子とMは自分らのキャビンに戻る。
浪人は船内散策の続きを始めた。
現在時刻は20時50分前後。
時差がないはずの境港と東海でも2~3分のタイムラグが(笑)
なお、ウラジオストクは日本時間にプラス1時間。
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3か国を結ぶ国際航路だけに、
船内はロシア語と英語と日本語、そしてハングル文字と言語の洪水だ。
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イースタンドリームの日韓航路図。
隠岐の島と竹島(韓国では独島)の間にボーダーラインがあるのはお約束。
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こちらは東海からウラジオストクへの航路図。
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地図の横にある気象や日の出時刻、波の高さを知らせるデータ表。
おお、明日はいい天気になるかも!
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インフォメーションでは酔っ払った日本人男性と、船内で友人となったロシア人男性が韓国女性スタッフに、
あす寄港する東海のことを質問攻め。
ウラジオ行きの船客も一時下船が必要(船にいても何のサービスも受けられないから)
港の周辺には特に観光スポットはないこと
食事は東海の街でならできる
などなど有益な情報が、浪人の耳にも入ってくる。
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しかし男の酔っぱらいの悲しき性で、そのうちナンパに変わるw

最上階にある境港や松江のフォトギャラリー。
きょうの朝からさっきまでここにいたんだよなあ。
一日が妙に長く感じられる
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こちらはウラジオストクのフォトギャラリー
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そうこうしているうちに夜も更けてきた。
日本海は真っ暗。
ただし、出港直後のような激しい雨はかなり落ち着いてきたようだ。
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すると、A子とバッタリ遭遇。
A子とMは浪人よりワンランク上のセカンドクラスのキャビンにいる。
ウラジオストクまで出国税別で片道3万円(浪人のエコノミークラスだと2万6000円)。
キャビンには冷蔵庫も洗面台もついているという。

彼女たちは6人ベッドのキャビンを選択しているが、
同室にはロシア人の家族連れがいる。
母親と娘たちという構成。
なんだかこのフェリーの常連というか慣れているらしく、
同室に日本人がいても全く気にしないそうだ。

Mはもう爆睡だけど、自分はまだ眼が冴えてるんだよね・・・

そういうA子としばしバカ話をして、
22時にはおのおののキャビンに戻ることにした。
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エコノミークラスのベッド界隈はもうこんな状態。
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浪人ベッドの壁の向こうからはひそひそ声がきこえてくるが、まもなく静かになる。
廊下では韓国おばさんたちの話し声が大きめのボリュームで聞こえてくるが、
やがて聞こえなくなる。
浪人が眠ってしまったからだ。

<つづく>


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【ローニンタイムス・夕刊】「さんふらわあ今昔ものがたり~虹からひまわりへ」連載開始

現在、浪人ブログでは
この6月下旬から7月初旬にかけて行われた
「2つのドリームで韓国へ」を連載中である。

その第1回は島根県松江市で幕を開けている。

そして先週、商船三井公式ホームページ「カジュアルクルーズさんふらわあ」にアップされた
さんふらわあ今昔ものがたり~虹からひまわりへ、も島根県出雲市塩津町からストーリーははじまる。
https://www.mol.co.jp/casualcruise-sunflower/article/know/konjaku_10/
日本海を望む高台に小学校があった。2019年3月23日。
塩津小学校はその144年にわたる歴史に終止符を打った。
この日行われた閉校式に出席した児童は、卒業する6年生を含み6人であったという。


このブログを書いている3か月半の出来事である。
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なお、この連載第1回のタイトルは
愛の架け橋となった「白い船」。

さらにこの連載からのテキストを抜き出してみよう。

その21年前の1998年6月のこと。
「あの白い船、いったいどこに行くだぁか・・・」
塩津小学校の校舎の窓から、日本海をゆく1隻の白いフェリーが見えることに気が付いた児童がいた。
イルカのマークを付けた白い船は、毎日午前10時30分ごろに見られた。
それからというもの、子供たちは船への好奇心をどんどん募らせていった。


白い船、とは九越フェリー(当時)が
博多~直江津(新潟県)~室蘭と日本海を縦断する航路に就航させていた
「れいんぼうらぶ」「れいんぼうべる」。

塩津小学校の生徒と白い船の交流は
のちに映画化され、広く全国に知られるようになる。
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そして映画では語られなかった、「白い船その後」が
この連載の肝となる。
「白い船その後」の物語が、現在のさんふらわあと不思議な縁をもって
このあと展開していく。

浪人が2000年代に3度乗船した、白い船の後継船「ニューれいんぼうらぶ」
さらに他の船の乗船記をふんだんに交えているという点では
これまでの「さんふらわあ今昔ものがたり」とは異色の連載となる。

連載第2回がアップされ次第、
この浪人ブログにてお知らせするので、
続きをお楽しみに!

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2つのドリームで韓国へ#5 イースタンドリーム探検

それでは船内を散策。
踊り場のデコレーションが、なんだか安物のコスタクルーズっぽい。
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インフォメーションにいるのは韓国人スタッフのみ。
日本語のできるスタッフもいるが、基本は韓国語か英語でコミュニケーションとなる。
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インフォメーションの対面にあるこのコーナー
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境港では普通に売っていたこのカップ麺も
船内ではなんとも高級食品になってしまう。
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鳥取の地酒もある
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出港地の境港といえば、妖怪グッズは定番
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ちなみにこれも鳥取の特産品なのか?
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最上階に上がってみる。
日本円が使える日本製ビールの自動販売機を発見。
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こちらは韓国ウォン使用の自動販売機。
商品は日韓混合。
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カルピスウォーターやBOSSなど日本製ペットボトルは2000ウォン。

この船内、なんだか妙なアートがあちこちに散りばめられている。
どうみてもこれはバットマンやらスーパーマンのオマージュだな。
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おそらくここで乗船記念撮影ができるのだろう。
ロッテワールドのキャラクターなのが韓国フェリーっぽい。
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韓国映画やドラマにはとんと暗いのだが
「アテナ」という作品で、この船が使われたっぽい。
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ちなみにMは「アテナ」を見たことがあるのだが、
「この船のシーンなんてあったっけ?」という。
そういえば、境港のターミナルにもこの映画シーンがディスプレイされていたな。
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そしてなんだかなんだかしらんが船内にでかい広告
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再び、インフォメーションのあるデッキ2へ降りてみる。
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こちらはZESTA BAR
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ビールも飲めるが、おつまみの主力はコリアンフード。
これはディスプレイ
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バーの隣にジェラートスタンドもある。
それが、ますます安物のコスタクルーズっぽさをかもし出す。
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コスタと異なるのは
ジェラートが明らかに古そうなことだ。
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スタンド内にある、ちょっと怖いこれらの顔は何だろ・・・
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ジェラートスタンドの隣には船内コンビニ
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日本製のカップ麺やポテトチップスなどもある。
支払いは日本円も可。
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免税品店もあるのが、さすが国際航路
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スーベニア・ショップ。
日本・韓国・ロシアのお土産がそろう。
ロシアのはマトリョーシカというのはわかるんだが
日本はなぜかサロンパスなんだが…
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韓国人とフィリピン人からなるDBSクルーズフェリーのクルー。
そのスタッフポロシャツは15米ドルで販売。
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この船のキャビンやパブリックスペースではコンセントが使用できない。
そのかわりインフォメーションでスマホなどのチャージを100円で受け付けている。
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デッキに出たが、とにかく雨が…
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2年前にコスタネオロマンチカでウラジオストクに入港したとき、
このイースタンドリームが停泊中だった。
ネオロマンチカから見えたのが、この女ネプチューンの絵だった。
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イースタンドリームを運航するのは韓国のDBSクルーズフェリー。
船籍はパナマ
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イースタンドリーム=東方の夢
なお、目的地のウラジオストクは「東方を征服せよ」の意
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井上陽水ではないが、
だけども問題は今日の雨。傘がない。
早々にデッキ散歩を切り上げ、屋根のある真下のデッキに退避!
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そこで見たアート。
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ナイトクラブの入口にあるイラスト。
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このように船内いたるところにアートが散りばめられている。
しかしプロの漫画家であるMからすると「なんだか統一感がないなぁ」

そうこうしているうちにそろそろ出港だ。
思い残すことはただひとつ。
待合所に忘れてきた浪人の大切な折り畳み傘を
目の前にあるターミナルに取りに帰りたい!
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いっぽう、A子とMは早々にこのデッキのテーブルを占領し、
出港祝いの宴会準備を整える。
何しろ2人の荷物の大半をこれらの酒やおつまみが占めていたのだ(汗)
もちろん浪人もこの宴に加わる。
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<つづく>
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2つのドリームで韓国へ#4 イースタンドリームに潜入!

16時35分に境港駅前を出た「世界につながるシャトルバス」は、
10分後にユーラシア大陸につながる国際旅客ターミナルに着いた。
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英語・ハングル文字・簡体字・キリル文字と4言語併記だ。
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ターミナル内部はすでに乗船を待つ人々が・・・
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ただし、発券窓口のオープンは17時から。
境港→韓国・東海→ロシア・ウラジオストク行きの船なので
乗客も東海行きとウラジオ行きが存在する。
ということで、窓口もそれぞれの行き先で別々に。
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こちらも4言語対応だが、簡体字の代わりに日本語 が登場。
ニコニコ現金払いのみ受け付ける。
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ターミナルに貼ってあった南北あべこべの地図。
こうしてみると、日本海は大きな湖だね。
さらによく見ると、いまはなき富山伏木~ウラジオ航路も記されている。
かつて「ルーシ」号が就航していた。
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こちらもターミナルに貼ってあった。
なんともいかついポスター。
浪人はこの劇画でロシア語の単語をいくつか覚えた、ということは内緒だ。
ダスヴィダーニャ、ガスパージン・デューク・トウゴウ!
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とまあ、ターミナル内の写真を撮っていたら、
知った顔を発見した。

A子とM。
5年前の秋、引退直前の「クルーズフェリー飛龍21」で
東京から那覇まで一緒に船旅をした「船好き女子」コンビである。
※さらば、クルーズフェリー飛龍21!浪人的ラストクルーズ①

https://rohnin1966.at.webry.info/201503/article_17.html

浪人が今回、山陰から船で国外脱出をする引きがねを引いたのは
クルーズフェリー飛龍21の時と同じく、
やはりこのコンビであった。

それは大型10連休直前の4月下旬のことである。
久しぶりにA子からメールが来た。
「イースタンドリームって乗ったことありますか?」
ない、と答えるとすかさず次のようなリプライが。
「実は6月29日境港発の便で、Mとウラジオストクに行くことにしました」
そして「よろしかったら、ご一緒に」とも。

この時浪人は、10連休を利用したノルウェージャン・ジュエルの沖縄・台湾クルーズのことで頭がいっぱい。
※ノルウェージャン・ジュエルで元号またぎクルーズ
https://rohnin1966.at.webry.info/201905/index.html
しかも、8月に別件でウラジオストクに行くことが確定していた。

そこでA子への返事はあいまいにして、そのまま10連休突入となった。

そして帰国後、浪人の次の船旅計画は二転三転した。
最初は6月上旬に関西ということだったが、折り合いがつかず立ち消えに。

次に6月下旬に東北&北海道というプランが出てくる。
こちらでほぼ確定!
と思われたが、6月初旬に突如、別のプランが急浮上した。
7月あたまに韓国・ソウルで用事ができたのである。
ただ飛行機で行くのは、安いし簡単だが、
航海作家としてそれはあまりに芸がない。

ここで思い出したのが、A子の提案。
境港からイースタンドリームに乗って日本海側にある韓国・東海で下船して
あとは高速バスか鉄道でソウルに行けばいいじゃないか、と。

こうしてプランは次々と手配され、
いま、ここにいるという感じだ。

17時、発券開始。
行き先別に乗客は2列になる。
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浪人以外の日本人はみんなウラジオ行き。
東海行きはほぼコリアン。

東海行きは韓国人男性スタッフ、ウラジオ行きはロシア人女性スタッフが受付。
いずれも日本語OK。

ただし、ウラジオ行きは発券に妙に時間がかかっていた。
ウラジオ行きでも韓国では一時入国しなければならず、
その間にキャビンの変更が発生することもあるらしい。
他の日本発の国際航路とは違ってやや面倒なことも発生するので、
それについて丁寧な説明がひとりひとりになされる。

これが浪人の乗船券。
最安値カテゴリーのエコノミークラスだと
境港~東海で片道1万1000円。
1000円は国際観光旅客税(いわゆる出国税)。
合計1万2000円。
渋谷から松江までの深夜バス「スサノオ号」(1万2050円)とほぼ同額だ。
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そうこうしているうちに乗船時刻となる。
出国手続きは実にあっさりと終了。

これから乗船する「イースタンドリーム」の姿が見えると、
A子は妙にそわそわし始めた。
彼女にとっても久しぶりの船旅、それも海外渡航とあって
テンションが以上に上がってしまった模様。
「落ち着け、ワタシ」
と、何度もひとりごとを発している。
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そんなA子を見て「大丈夫か、こいつ」と思っていた浪人。
しかし、落ち着いていなかったのは浪人のほうであったことをこの直後に思い知る。

雨はまだ降り続いている。
ここで気が付いた。
浪人は持ってきた折りたたみ傘を、うっかり待合所に置いてきてしまっていたのだ!
もう出国してしまったので、取りに戻れない。
いきなりの失態である。

こちらがDBSクルーズフェリー運航の「イースタンドリーム」。
2008年まではマリックスラインの「クイーンコーラル」(2代目)として鹿児島~奄美~沖縄を結んでいた。
しかし、浪人も取材で何度も乗った「クイーンコーラルプラス」のデビューにより、引退。
その後、韓国のDBSクルーズフェリーに売却され、2009年に活躍の場を琉球列島から日本海へと移す。
奇しくも、この日(6月29日)が「イースタンドリーム」としてのデビュー10周年というアニバーサリー・デイであった。
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大荷物だと大変なギャングウェイを上がり、いざ、船内へ!


ここを今夜のキャンプ地とする!
クイーンコーラル時代は雑魚寝の2等和室だったところに
むりやりベッドを置いたような安普請。
おまけに壁の向こうからは隣の住人の声が丸聞こえw
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浪人は下段ベッド。
この区画は全員日本人らしい。
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まあ、一番奥(黒いリュックが置いてある)の壁際のベッドなので
自分のベッドの前を人が横切ることもなく、その分安眠は確保できそうだ。
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<つづく>




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2つのドリームで韓国へ#3 境港で世界妖怪サミット

車のCMで有名になった「ベタ踏み坂」(江島大橋)から
島根県(右)と鳥取県(左)をまとめて激写!
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松江駅前から発車して45分後、
シャトルバスは境港駅前に到着した。
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浪人にとっては3年前の夏、
コスタ・ヴィクトリアでの入港以来の境港。
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ただし、そのときはツアーバスで足立美術館と由志園に行き
そのまま帰船だったため、境港の街は全く歩いていない。
そしてこれが、浪人にとって初の島根県訪問であった。
※コスタ・ヴィクトリアで日本海周遊2016その2(境港編)
https://rohnin1966.at.webry.info/201610/article_2.html


なので、実質的には2013年5月にやはりコスタ・ヴィクトリアで入港して以来
6年ぶりの境港訪問となる。
https://rohnin1966.at.webry.info/201309/article_7.html

当時はまだご存命だった水木しげる先生、
いまは天国へ出かけてしまったが、お化けは死なない。
こうしていまも境港駅前で、原稿執筆中である。
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まずは小さな境港駅に入ってみた。
こちらは待合所。
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ちょうど米子からやってきた「ねずみ男列車」。
境港駅は鬼太郎駅、米子駅はねずみ男駅という別称あり。
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浪人を乗せて松江から境港までやってきた13時5分発のシャトルバス、
この鬼太郎フェリーと接続している。
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本当の名前は隠岐汽船の「フェリーしらしま」。
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14時25分、境港を出港した。
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17時10分に別府港(大分のではないよ!)、
18時30分に西郷港に入港する。
なお、左舷側と右舷側のイラストはちょっと異なる。
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2006年に「ニューれいんぼうべる」で初めて境港に来てから
2013年のコスタ・ヴィクトリアのときも
毎回フェリーしらしまの見送りをやっている浪人であった。

さて、水木しげるロードをちょっくら歩いてみよう。
この交番に駆け込むときは
「おい、大変だ鬼太郎!」と叫ぶのだろうか。
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なんだか歩道が広くなったような気がする水木しげるロード。
なんでも昨年(2018年)7月にリニューアルしたそうな。
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ロード沿いに並ぶ妖怪オブジェも増えたそうだが、
鬼太郎ファミリーは昔から変わらず健在。
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このATMも健在。
あと「決して7payを支払いに使わないで下さい」も追加してほしい(苦笑)
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すると背後にただならぬ妖気が。
振り向けばそこには・・・死神!
近くにいた小さな子供はギャン泣きだった💦
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本日、水木しげるロードに出没する妖怪のリスト
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水木しげる記念館に到着。
今回は時間がないので入館は見送り。
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以前はアーケード商店街だった記憶があるが、昨夏のリニューアルで取っ払われた模様。
ときおり雨が落ちてくるきょうは屋根があったほうがよかったな~。
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それにしても、土曜日ということもあって
水木しげるロードを散策する家族連れの姿が目立つ。
松江の堀川めぐりで同乗していた3人家族の姿も見かけた。
ここまではほぼ同じルートで旅をしているようだが、
多分この後の旅程は決定的に違うんだろうな~。
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このヘアーサロンに入る勇気はなかった・・・
ハサミを持った鬼太郎が追っかけてくるんだぜ💨
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スタバはないが砂場(鳥取砂丘)はある!
そうここは鳥取県☆
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大阪でG20首脳会議が行われていたこの日、
境港駅前ではこんな会議が開かれていた。
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千年まで生きなくていいから、年金では足りない2000万円をポンと出せる妖怪を送り込んでほしい・・・
という日本国民のなんと多いことか。
なお、永田町の妖怪どもは全くあてになりまへん😡
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サミットに参加する世界各国の妖怪
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こちらはラテンアメリカからの来賓かな
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議長役は日本代表の鬼太郎。
少なくともいまの日本の宰相よりは頼りになりそうだ…
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鬼太郎の隣には韓国代表のトッケビ。
人間の日韓首脳は全く水と油だが、こっちは隣同士に座って会談も行っているようだ。
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さて、境港駅前にあるこちらの温泉でひと汗流す。
これから国外脱出だから、身も心もスッキリさせにゃ♨
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入浴料は510円。
海をはさんで対岸にある島根県を見ながら、のんびりお湯につかる。
サウナでかなり汗をかいた。
サウナのテレビではG20サミット(人間たちのほう)のライブ中継が流されている。
なんだかアメリカのフェイクニュース大統領は、このまま大阪から韓国のソウルに直行するようだ。
おいおい、ちょっと困るなー。

さて、風呂から上がると、表に出ると外はいつの間にか大雨になっていた。
浪人は、この無料シャトルに乗って世界へと飛び出す。
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16時35分、世界へとつながるシャトルバスがやってきた
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乗客の顔ぶれもアジア系から欧米系まで、インタナショナル
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こちらは世界につながるシャトルバス乗車前に見た、境港の風景。
これから向かうのは、日本と関係がぎくしゃくしている国。
さらに、平和条約すら結ばれていない国にもつながる。
「けんかはよせ」。この言葉を胸に、浪人は渡航する(笑)
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<つづく>
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2つのドリームで韓国へ#2 ぐるっと松江堀川めぐり&竹島資料室

松江城のお堀にたどり着く。
大手前広場にある「ぐるっと松江堀川めぐり」乗船場に行った。
なんとまあ昨日までの雨台風の影響で水位が上がり、
「本日は半周コースでの運航となります」とのこと。
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とりあえずお堀に沿って歩き出す。
まずは木造の宇賀橋を渡る。
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これが堀川遊覧船だ。
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かつて中級武士の屋敷が軒を連ねていたという城下町「塩見縄手」をぶらぶら。
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松江といえば、この人!
出雲は神話の国でもあり、怪談の国でもあった。
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小泉八雲旧居。
なお、八雲(ラフカディオ・ハーン)は1850年にギリシャに生まれ
アイルランド・フランス・アメリカ・西インド諸島を渡り歩き日本へ。
松江、熊本、神戸そして東京で過ごし、
1904年、いま浪人が暮らす新宿区で亡くなった。
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小泉八雲旧居を通りすぎ、さらに直進すると、
堀川めぐりの「ふれあい広場」乗船場がある。
ちょっと散歩しているうちに、水位の問題が解決したのか、
一周コース(50分)で運航できるという。
というわけで、1500円払って乗船となった。
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靴を脱いで乗船。
全長約8メートル、幅約2メートルのなんとも小さな船である。
最大搭載人員は13名。
現在、父母子の3人家族と立派なカメラを持ったシニア男性
そして浪人と5人の乗客。
そしてガイドも務める船頭さんの合計6人による船旅が始まる。

市内のど真ん中にあるとは思えぬ風景。
なんだかジャングルクルーズの趣だ。
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2016年夏、浪人にとって46番目に到達を果たした都道府県・島根県。
それまではとんと足が向かなかったのが、
17年隠岐の島、18年津和野、そして今年の松江と4年連続の訪問となる。
そして過去3回はいずれも海路からだったが、
※16年コスタ・ヴィクトリア、17年飛鳥Ⅱ、18年コスタ・ネオロマンチカ
今回初めて陸路からの訪問となった。
なので松江で船に乗る(笑)
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こんなに低い橋の下もくぐる
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そのときは、船の屋根も思い切り下がる。
出港前に船頭さんの掛け声で予行演習もしているので、
われわれ乗船者も思い切り身を低くする。
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屋根を低くしない橋では
その音響を利用して
船頭さんが自慢の歌声を披露。
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京の町を模したという京店(きょうみせ)エリアへ。
左手にあるのはカラコロ工房。
1938年に建てられた旧日本銀行松江支店を利用した複合施設だ。
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カラコロ工房の対岸には京店商店街。
このツタに覆われた建物は有名な喫茶店だそうだが、この日は休業中。
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甲都橋。
こちらも屋根を下げないとくぐれない。
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米子川では岸辺に紫陽花が爆発的に咲き誇っていた。
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島根県オリジナルのあじさい「万華鏡」も
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お堀に浮かぶ船の上から眺める国宝・松江城天守閣も乙なものよのう。
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先ほど歩いて渡った宇賀橋をくぐる。
この遊覧コースで見られる橋では最も美しいとの評判だ。
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ついでにバードウオッチングも楽しむ。
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お堀から眺める武家屋敷も情緒があるのう。
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45分で堀川一周達成!
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松江城の天守閣には登らず、公園を抜けて京店方面へ。
すると、9時を過ぎても開いていなかった竹島資料室が開いていた。
さっそく訪問!
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内部はこんな感じ
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資料室で頂いた資料。
シャープペンシルも。
DVD(12分バージョン)もがっつり視聴。
竹島問題について詳しく、かつ、
国際法に照らして冷静に学べる資料室だった。
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1階にあるこの自動販売機でドリンクを買うと…
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こういうことになるらしい。
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雨の予報だったが、良いほうに大きく裏切る青空が広がる。
のどが渇いたので、「漁師さんが拿捕や銃撃などされぬよう、
安心して魚を獲れますように」との思いで、ジュースを購入した。


歩いて再び京店に。
カラコロ工房と堀川めぐり遊覧船。
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それにしても腹が、減った。
孤独の浪人グルメ、松江編が幕を開けそうだ。
松江といえば出雲そばやシジミ料理。

だが浪人、なぜか京店商店街にあった京おばんざいのお店で
こんな攻撃的な天丼を食べた。
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「溢れ極み天丼」。
これで880円かよ、安い!
しばらく和のものは口にできそうもないので
ありがたくいただいた。


松江駅に戻って、このバスに乗る。
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渋谷から乗ってきた深夜バス「スサノオ号」と同じ一畑バスが運行していると見え
スサノオ号とほとんど同じカラーリングの車体だ。
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そういえばけさ、スサノオ号を下りたのもこのバス停であった。

13時5分発の松江境港シャトルバス。
境港まで1000円。
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松江駅前を発車する直前、雨が降り始めた。
雨から逃れるようにバスは発車した。

<つづく>
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2つのドリームで韓国へ#1 渋谷から松江へ

6月最後の金曜日。
肩透かしのような台風3号が東方に去った東京は
妙に蒸し暑い。

夕方の用事を終えて、一度帰宅した浪人。
シャワーを浴びてから、それほど大きくもないリュックを担いで家を出た。
ちょうど夕方18時の到来を知らせる音楽が、空に響いていた。

金曜日の夕方に必ずと言っていいほど立ち寄る洋食屋で夕食を済ませ、
いつもなら散歩しながら家に帰るのだが
この日は、最寄り駅から山手線に飛び乗り、渋谷へ。


マークシティの5階にある高速バスターミナルに着いたのは
19時40分くらいであった。
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浪人が乗るのは20時発の出雲大社行き。
その名も「スサノオ」号。
いかにも神話の国に連れていく深夜バスっぽい名前だ。

窓の外はいつのまにか雨が落ちていた。
それもかなり大粒の。

やがてスサノオ号がやってきた。
折りたたみ傘を出すのももどかしく、
そのまま乗車。
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20時、雨の渋谷を出て、一路、出雲へ!
なお、この日の乗客数は21人だとか。
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最初に停車したのは足柄サービスエリア。
4か月前の「QM2を北九州で拝む船旅」の際、
まず高速バスで新宿から大阪へ向かったのだが
そのときもここで最初の休憩をとった。
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ただ、東海道昼特急だったので富士山を眺めることができた。
https://rohnin1966.at.webry.info/201903/article_1.html
今回は深夜バスだから、富士を拝むことなどできない。

さて、車内も消灯されたことだし、眠ることにしよう・・・
って、まだ21時30分あたりじゃないか。
いつも午前零時ごろに眠りにつく浪人にとっては、
とてもじゃないが「おやすみなさい」と言える時間帯ではない。

仕方がないから、持参していたガイドブックに目を通し、
これからの旅のシミュレーションを開始。
すると不思議なことに眠気が襲ってきて、
22時30分ごろにはぐうぐう眠ってしまった。


ふと目が覚めると、バスも止まった。
日付はすでに変わっており、朝の5時。
岡山県のここで2度目の休憩となった。
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まもなくバスは鳥取県を通過し、島根県に入った。
松江駅前に到着するちょっと前に、
乗客すべてに熱々のおしぼりが配られた。
どうやら乗務員さんが温度調整に失敗したためか
かなり熱いおしぼりになっていたが、おかげで目はすっかり覚めた。

こうして、寝れないんだよ!とサービスエリアでレポートすることも
ケツの肉がとれる悪夢にうなされることもなく
6時20分に松江駅前に無事到着したのであった。
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浪人にとっては初めての松江。
スサノオ号を下車し、最初に視界に飛び込んできたのがこれ
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神話の国というよりも、なんだかちょっと緊張感漂う最前線・・・

まずは朝ごはんにしようと思ったが、
駅前にある喫茶店はことごとく開店前だったので、
とりあえず宍道湖まで歩いた。
さいわい雨は降っていない。

生まれて初めて見る宍道湖。あれが夕陽の名所・嫁ヶ島か。
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ただし、朝からどんよりとした曇り空。きょうは夕日はムリっぽいね
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さすがシジミの名所・宍道湖。
白い浜辺かと思ったら、すべてシジミの貝殻だった。
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すると宍道湖を望む位置にガストを発見!
午前7時の開店と同時に突入し、この日最初のガスト(ドイツ語で「客」)となった。

朝食をとり、1時間ほどの休息をとってから、宍道湖畔に沿って歩き始めた。
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宍道湖大橋を渡りきると、国宝・松江城の天守閣が!
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京店の商店街に立ち寄る。
午前8時半過ぎ。まだ、観光客の姿はない。
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松江城に向かって歩いていると、
おお、こんな施設が。
土曜日だけど9時から開くらしい。
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電光掲示板でも啓もう活動
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午前9時を過ぎたところで、
資料室を訪れたが・・・
無情にも「休室中」のお知らせが。

とりあえず、まずはお城に行こう。

<つづく>
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