航海作家カナマルトモヨシの船旅人生

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zoom RSS さらばコペンハーゲン愚連隊:コスタネオロマンチカでウラジオ&南北コリアをゆく21

<<   作成日時 : 2017/06/27 09:49   >>

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次は赤レンガ博物館を見学する!
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ここは日本遺産に認定されている
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※日本遺産について 文化庁
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/nihon_isan/

近代化産業遺産でもある
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※近代化産業遺産 経済産業省
http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/nipponsaikoh/nipponsaikohsangyouisan.html

重文指定でもある
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浪人にとって舞鶴は3度目の訪問となる。
直近では昨夏(2016年)、コスタ・ヴィクトリアでの訪問だが、
あのときは「伊根と天橋立ツアー」に参加したので、
舞鶴は港しかいなかった。
http://rohnin1966.at.webry.info/201610/article_8.html

なので舞鶴観光となると
2002年に「フェリーズ」創刊号の10万円でフェリー日本一周取材で訪れて以来、
実に15年ぶりのこととなる。

そのとき、赤れんが博物館のある舞鶴赤れんがパークにも足を運んでいるが、
すでに午後6時近くで、博物館はすでに閉まっていた。
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ということで、初の赤れんが博物館入場となった。
ステンドグラスに客船が。
モチーフは新日本海フェリーっぽいが果たして・・・
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舞鶴市の姉妹都市はロシアのナホトカ
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いまは姉妹都市だが、かつて舞鶴とナホトカには
「シベリア抑留からの引き揚げ者」を送る側と受け入れる側という因縁があった
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シベリア抑留についての展示もある。
左下にあるのは、日本人抑留者が製造したれんが。
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シベリア抑留者の労働にはれんが製造やれんが積みもあった
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この博物館、単なるれんが博物館ではない。
広島・長崎の被爆れんが、ナチス・ドイツの強制収容所のれんが、ベルリンの壁のれんがなど、
人類の歴史の悲劇に関わるれんがの展示や説明もあり、見応え充分

ウラジオストクにいたのは、たった4日前だというのに、もうずいぶん昔の話のようだ
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通路もれんが
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自動販売機もれんが風
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2階には軍港都市・舞鶴に関する資料コーナーもある
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東舞鶴市街の通りの名のいくつかは、軍艦の名に由来する
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日本海海戦などで日本の手に渡った
舞鶴ゆかりのロシア艦を紹介
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セニャーウィン提督も舞鶴に。
1918年のシベリア出兵で母国に派遣される
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明治三十七八年、つまり西暦1904〜05年の日露戦争で起きた海戦についての記録。
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なお日露戦争の記録であるが、
戦争の美化に走ったため、
実はかなりギリギリの惨勝だったという事実が後世に伝えられなかった・・・

れんが博物館では、日露戦争とりわけ日本海海戦が
後世にどのような影響を及ぼしたかについても触れている
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日本海海戦については、歴史的大勝利!と言う側面だけでなく、
太平洋戦争への暗い坂道を転げ落ちていった日本に及ぼした影響についての考察を載せている。
小さな掲示ではあるが、この博物館でいま最も見ておかねばならないものかもしれない
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思った以上に見応えがあった博物館を出たら、
バスガイドさんに「裏手に自衛艦が見えますよ」と言われた。
そこで思わず撮ったのがこの1枚
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赤れんが博物館を出発。
次に、このツアーではやはり訪れなければならない場所に向かう
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(続く)

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