航海作家カナマルトモヨシの船旅人生

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zoom RSS さらばコペンハーゲン愚連隊:コスタネオロマンチカでウラジオ&南北コリアをゆく20

<<   作成日時 : 2017/06/26 17:27   >>

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舞鶴で浪人は今クルーズ2度目のツアー参加。
「世界記憶遺産と日本遺産のある街 舞鶴」(82ドル)。
参加者総勢19名の小所帯だ。
最初に訪れたのがここ
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以下は海上自衛隊・舞鶴地方隊のHPより
舞鶴は、明治34年(1901年)10月1日 東郷平八郎中将を初代司令長官として 鎮守府が設置され、以来半世紀にわた り日本海に臨む唯一の軍港として変遷 を重ねてきました。
※写真の建物は大講堂
(昭和8年10月完成)
海軍記念館は、旧海軍の誇り高い史実と伝統を後世に伝え るとともに、隊員の教育に資することを目的として、昭和39 年5月27日舞鶴地方総監部大講堂(旧海軍機関学校大講 堂)の一部に設立されたもので、貴重な記念品、資料等200 余点が展示されています。

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入口にあった鐘
和田アキ子がいくら「この鐘を鳴らすのはあなた」と歌っても、
絶対に鳴らしてはいけない
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そして入口正面にあった
東郷平八郎の胸像と
その背後には日章旗
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日章旗にまつわる数奇な歴史
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そして東郷提督の胸像にも秘話があった
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東郷提督と舞鶴の接点
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このクルーズの浪人的キーワードが「5月27日」。
東京から、このクルーズに向けて旅立った日でもある。
5月27日は日本海海戦の始まった日。
戦前は「海軍記念日」であった
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日本海海戦は2日間にわたって行われた。
主戦場は2つ。
27日が福岡県沖ノ島の沖あたり。28日が鬱陵島の周辺
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この写真はシベリア出兵(1918〜22年)時のもの
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ツアーに参加していたおばさま2人が
「また東郷さんよ。もうこの人の顔、覚えちゃったわよねえ」
と笑いながら話していた。
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このZ旗の訓辞「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ」、
浪人が高1の時の担任がテスト直前にいつも黒板に書いていたおかげで、
いつのまにかそらんじることができるようになった。
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なお、担任は数学の教師で、数学のセンス0だった浪人は
バルチック艦隊のように撃沈することになる。以上余談。
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当時の英国の「デイリー・メール」
上からキャプション1の紙面
キャプション
キャプション2の紙面
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日本連合艦隊の旗艦「三笠」に関する展示
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有名な絵「三笠艦橋図」。
2点の比較が実に興味深い
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「坂の上の雲」の主人公のひとり、秋山真之参謀は東郷提督の左後ろに
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旅順閉塞作戦で命を落とし、日露戦後、「軍神」とされた広瀬武夫・海軍中佐
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広瀬中佐は、閉塞作戦で自艦に戻ってこなかった杉野兵曹長をさがしているうちにロシア軍の攻撃で落命。
杉野兵曹長の遺品。
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杉野兵曹長も広瀬中佐と並んで、日露戦後は軍神に
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大講堂
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この画像の右側に掲げられた絵画
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その絵画の説明。大講堂にも歴史あり
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このかたは太平洋戦争時の海軍大将・山本五十六
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海軍記念館、大変良い時間を過ごせた
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ツアーバスは自衛隊桟橋を左手に見ながら
次の見学ポイントに向かう
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(続く)

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