航海作家カナマルトモヨシの船旅人生

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help リーダーに追加 RSS 百万石ヤジキタ

<<   作成日時 : 2008/02/25 21:33   >>

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9月3日。

昨晩は23時半ごろに眠ったが、5時半には目がさめる。
今朝の食事は6時から。そして金沢入港は6時半。かなり早起きを強いられるスケジュール。
それでも6時間も眠れたのはじゅうぶん幸せなほう。
昨晩は境港から乗船したおよそ100名のために深夜のブリッジツアーが行われていた。
しかも一気に100名も入れないので、ベッド番号順に何名かに区切って何度も行われていた。たしか浪人がベッドに入るときにも行われていたはずだ。
もちろんこれ以外にも業務があるので、おかげでパーサーは昨晩一睡もできなかったとか。

どんより曇った空の下、「ニューれいんぼうべる」は定刻どおり金沢に入港した。
港湾施設は境港よりもはるかに整備され、セレモニーも盛大だった。
岸壁では女性たちの友禅華太鼓の演奏が行われ、金沢市の関係者のあいさつも行われた。
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ただ、
「船長は船の代表だから分かるけど、なんで市の偉い人は乗客のいる船に背を向けてあいさつしとるんやろ?あれはまるでふ頭にいる報道陣に向かって話しかけてるようなもんやで」
と、かなり辛らつではあるがごもっともなことを言う乗客もいた。

まずは8時発の金沢駅行き無料送迎バスが出る。
W氏はこれに乗って金沢駅に行き、そこから青春18きっぷで富山へ。
この4月末に開通した路面電車「富山ライトレール」http://www.t-lr.co.jp/ に乗車し、
あとは直江津・長野経由で行けるところまで行って今日中に東京を目指すという。

「21世紀の北前船ヤジキタ道中もここで終わりかぁ」
 と、浪人はデッキからW氏を乗せたバスを見送った。

その45分後には浪人も下船。
無料ツアー「北前船の里をめぐる」にそのまま参加。
参加者は総勢23名。ツアーの内容からして年配者が多くなるかと思ったら、若い人も多く参加していた。
市の商工会議所の方と金沢市観光ボランティア「まいどさん」の女性ガイドの方が同乗している。

金沢といえばどうしても兼六園や武家屋敷といった名所に足が向きがちである。
しかしながら今回は「平成の北前船」と銘打った船旅である。
そしてせっかく金沢港から百万石の都にアクセスしたのであれば、北前船で繁栄した金沢という側面も見てみたい。
そんな浪人の気持ちを見事にくんだツアーが無料で実施される!これは参加せねば。
今回の船旅では境港の妖怪ワールドと並んで北前船の里ツアーは最大の楽しみなのであった。

 「大野からくり記念館」では、北前船隆盛の時代に活躍した金石(かないわ)出身の豪商・銭屋五兵衛(ぜにやごへえ:1773〜1852年)の助言者であり幕末の科学技術者としてからくり人形など数多くの発明を行った大野弁吉(1801〜70年)の生涯や、からくりの魅力に触れる。館長もユニークなトークとともに行われたからくり人形の実演も楽しい。

次に訪れたのが「もろみ蔵」。
しょうゆの産地として知られる大野の町では当時の建物を利用して、内部を改装して味噌やしょうゆのお土産が買えるが、そのひとつがこの「もろみ蔵」。
なかでも200円の「しょうゆソフトクリーム」は出色。
手渡されたしょうゆソフトクリームは意外にもバニラ色。
しかもひと口食べてみると、「なんだ、バニラじゃん」。
ところがこれが食べれば食べるほどしょうゆの味になっていくのだから不思議!
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さて、しょうゆソフトクリームをなめながら大野の古い町並を散策。
その後、バスで最後の目的地「石川県銭屋五兵衛記念館」へ。
ここでは銭屋五兵衛の生涯を展示物や「海の豪商銭五シアター」で概観。
そして現存する銭屋本宅の一部分と3階建て蔵を移築して当時の住居を再現した「銭五の館」へ。そこで北前船時代の息吹を感じるのであった。

実は銭屋五兵衛という名前は小さな子どもの頃から知っていたし、大野や金石という地名も今回初めて耳にしたのではない。
だから浪人はちっちゃなころから神童だったのだ!
と言いたいのではない。
父方のおじいちゃんとおばあちゃんの家が金石にあって、
富山に住んでいた子どもの頃は週末を利用してよくここに遊びに行っていただけの話である。
近所の公園には銭屋五兵衛の銅像があって、よくその下でキャッチボールなんかしたものである。
おばあちゃんから「このひとはぜにやごへいというあきんどだけど、さいごはろうやにいれられてなくなったんだよ」と聞かされた記憶がある。
ただ、この銭屋五兵衛がどんな人物だったかについてはよく知らないまま大きくなり、
おじいちゃんもおばあちゃんも亡くなって金石にも行かなくなってしまった。

浪人が「北前船の里をめぐる」ツアーを楽しみにしていたのはそういう理由もあった。
大野の町は昔とほとんど変わっていなかったけど、金石に来るたびによく行っていた大野の寿司屋さんは全国的に有名になってお客さんも増え、びっくりするほどキレイになっていた。
また昔はなかった銭屋五兵衛の記念館ができたことで、彼の人生や思想というものにじっくり触れることもできた。そういう意味でも、いい北前船の旅だった。

バスはそのまま金沢駅西口に向かい、11時半に到着。
ほとんどの人が兼六園まで乗車するのだが、浪人はここで下車。
近江町市場まで歩いて海鮮丼とあら汁を食べ、再び金沢駅に戻る。

駅にあるオーロラビジョンに映し出される地元紙ニュースの記事ヘッドラインを何気なく見ていると、県内ニュースのトップにこんな文字が・・・。
「平成の北前船 定期化へ一歩。カーフェリーが金沢へ初寄港」
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この航路が定期化したら今度はなつかしの金石の町を歩いて銭屋五兵衛の銅像近くを見てみたいもんだ。
そんな感慨にふけっていると、W氏からケータイ電話が。
「いま直江津にいるんだけど、長野から池袋までの高速バスが取れたからサンシャインプリンスホテルで合流しよう!」
きけばW氏を乗せたバスは20時45分に池袋サンシャインプリンスホテル前に到着するという。浪人が予約したのは13時40分金沢発の池袋行き高速バスで、
サンシャインプリンスホテル前に20時40分到着予定だ。
※現在はサンシャインプリンスには行かなくなりました

そしてこの夜、北前船ヤジキタ道中は最後の最後の池袋で復活。
W氏と浪人はそのまま歩いて都電荒川線の東池袋3丁目駅に行き、
チンチン電車に乗って終点の早稲田へ。
そしてかつて境港旅行計画を語り合った行きつけの韓国家庭料理屋で打ち上げを行ったのだった。

こうして4日間にわたった21世紀の北前船ヤジキタ道中は、本当におしまい!(完)

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